阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「L・only」杜乃日熊
私は隣の席の西田くんが好きだ。
顔も手も毛深くて、立派な牙が生えている。フサフサとした尻尾は椅子の隙間から飛び出ている。授業中は退屈そうに耳を垂らして、鼻先にシャーペンを乗せて暇を持て余す。お昼ご飯はいつもひとりでラム肉や鹿肉などを食べている。誰かと一緒にいるところは見たことがない。クラスメイトとも最低限の会話しかしない。いわゆるボッチというやつかな。
そんな彼のことを「好きだ」と実感したのはいつの頃だったか。気だるげに頬杖をついて先生のつまらない話を聞く西田くんを、いつものように観察していた。その時に気付いたのだ。黒板に視線を送る彼の眼。イヌ科特有の凛々しさがあるものの、どこか懐かしさも混在している。遠い故郷を想起させるその光に惹かれていった。
それから数日、数週間を経て私は決心した。西田くんにこの想いを伝えようと。決行は放課後。ありったけの想いを書き連ねた手紙を西田くんの下駄箱に入れておく。果たして彼はやってくるだろうか。待ち合わせ場所は近所の神社にした。そこには縁結びの象徴とされるモッコクの木がある。その下で彼の来訪を待つ。
手持ち無沙汰になり、足元に散らばった木の葉を数えていたところ。ノロノロとした歩みで西田くんが石段を登ってやってきた。私に気づくと軽く会釈をしてこちらへ近づいてくる。彼の姿が徐々に大きくなっていくのとともに、私の鼓動も高まっていくのが分かる。おまけに顔も熱っぽくなってきた。大丈夫かな、真っ赤なリンゴみたいになってないかな。
「手紙……読んだよ。正直驚いた」
低い声で簡素な言葉を告げられる。あの瞳が私をまっすぐに見つめる。垂れ下がった尻尾が所在なさげに揺れ動く。
「そ、そう。それで、返事を聞かせてもらっても、いいかな?」
絞り出した声は上擦ってしまった。正面から向かい合っているのが急に恥ずかしくなって、西田くんから目を逸らす。束の間の沈黙を破るかのようにモッコクの木がざわめく。
「人見さんの気持ちはすげぇ嬉しいよ。俺みたいな根暗者のことを好きになるヒトなんて今までいなかったから」
ポツリと、自身の想いを語る西田くん。一言、一言に心を込めるように。彼の言葉は自然と私の胸に染み込んでくる。
でも、どうしたらいいのか分からねぇんだよ。今までちゃんとヒト付き合いしてきたことがないから、君とどう付き合えばいいのか……い、嫌とかじゃないんだ! ただ、不安とか心配とかがごちゃごちゃになってて……」
こんな必死になって何かを訴えかける彼を初めて見た。それから、とても優しいんだなと思った。クラスの中では浮いた存在で、どういうヒトなのかがいまいち掴めなかった。
そうか、私と似てるんだ。遠いところからやってきて慣れない環境の中で当惑していた、かつての私と。
「人見さん……? どうしたの、何か俺ヘンなこと言った、かな?」
西田くんがおそるおそる上目遣いに覗き込んできた。どうやら無意識に笑ってしまったらしい。謝意を示すように頭を横に振る。
「ううん、そうじゃないよ。西田くんは優しいヒトなんだなって思ったんだよ。私のことを懸命に気遣ってくれるし。それに頑張って話そうとしてる姿が、なんだかカワイイな」
「へっ!? か、カワイイかな?」
そう言って西田くんはそっぽを向いてしまう。けれども尻尾は上へと伸びてワサワサと忙しなく揺れている。
「分からないのは私も同じなんだ。誰かに告白したのはこれが初めてだし。お互いに知らない者同士なんだから、何も気にすることなんてないんだよ。でさ……改めて聞きたいんだけど。私とお付き合い、してくれますか?」
心臓は早鐘を打ち、今にも列車が出発しそうだ。そんな気持ちをこらえて、しっかりと返事を聞くために西田くんの顔を見入る。彼は噛み締めるように唇を歪ませている。顔色はあまり変わらないが、恥ずかしそうにしているのが伝わる。
落ち着かない時間が流れていく。やがて。
「はい、よろしくお願いします」
列車が出発し、全速前進で駆け抜けていった。沈みかける太陽が私たちを温かく照らす。西田くんの姿が一層眩しく見える。
「ところで一つ聞きたかったことがあるんだけど」と、西田くんが不意に尋ねてきた。
「人見さんってどこの星のヒトなの?」
「私は火星人だよ。ほら、このオレンジの髪と琥珀色の目が火星人の特徴なんだ」
彼に注目してもらえるよう、自分の長い髪を軽く撫でる。毛先まで滑らかに揺れるのと呼応するように、モッコクの木も静かに葉擦れの音色を奏でた。