文章表現トレーニングジム 佳作「自転車に乗って」茅根静代
第16回 文章表現トレーニングジム 佳作「自転車に乗って」茅根静代
小学生の時、友達二人と遊んでる所へ父がやって来て、貸し自転車屋さんに連れて行かれた。子供用自転車三台を借りて近くの公園で練習が始まった。
二人はあッという間に来れたのに。私はバランスが取れなくて、二~三回こいだだけで右や左に転んであちこちすりむいて、最後に低い“いちぃ”の木に頭から突ッ込んでしまった。それを見て父はたったひとこと「こりゃだめだ」
結婚生活四十八年目、桜満開の日に食道癌で夫は逝った。これからの課題は前を向いて明るく生きること。二人の息子やお嫁さんに迷惑をかけないこと。それには何かをしなくてはと、運動オンチを承知でスポーツジムに入会。とそこに、絶対転ばない自転車が……。
サドルにまたがりペダルを踏むと、風を切ってあの公園を走っている。思わず天国の父に「乗れたよ」と叫んでいた。
“十戒”のモーゼのように、海が割れて道ができるわけではないけれど もしも奇蹟がおきて三途の川が割れたら 自転車に乗って彼岸に行こう。途中で転んだら父や夫が助けに来てくれるはず。そんなことを考えると 死ぬのもなんだか楽しくなって来た。
運動オンチも悪くないかもしれない。