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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「鮎の部屋」ハイパーK

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作文・エッセイ
結果発表
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第38回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「鮎の部屋」ハイパーK

「ええ、あなたが悪いんじゃありません。そりゃ確かに水揚げされてから鮮度が落ちるスピードが速いのは事実ですが、それはあなたの存在価値を貶めるものではありません。

むしろ庶民の胃袋を満たしている事に誇りを持ってください」

慰めともつかない言葉に不承不承頷くと、鰯は部屋を後にした。ため息のあと、私は思いっきり伸びをして目頭を押さえる。

神様から占い師として生きるように命じられたことにいまだに納得がいかない私は窓の外を見た。窓枠に設置された放射線メーターが黄色く点滅している。今日は海に出るのはやめた方がいいだろう。まったく人間の奴ら、勝手に放射能を垂れ流しやがって。

そもそもなぜ占い師だ? 神様に尋ねると愚問だねという顔をして、君が鮎だからだよと答えた。あまたある魚類の中で名前に(占う)の文字があるのは君だけじゃないか。

占いなど習ったこともない。神の啓示を受け取ることもできない。なのに神様は深海の一室を私に与え、海水でも生き延びることのできる能力を一時的に授けてくれた。

占い相談に訪れるのは魚類のみだ。先ほどの鰯さんは自分の弱さを克服できるのだろうかと悩んでいたし、その前の鱈さんは雪の季節以外にも生きていることを世に知らしめる方法を真剣に悩みぬいていた。

その場その場の適当な答えで彼らが納得しているかはわからない。しかし、魚類の占い師としての私の精神もすでに限界だった。今日の相談を終えたら神様に辞職願を提出しよう。淡水の川に戻り仲間と苔を食んで暮らすのだ。

今日最後の客がドアをノックした。入室を促すとグレーの巨体をかがめ、のっそりと姿を現した。私は思わず身構えた。

「えぇっと、サメさん、ですね?」私は問診票に視線を落としながら動揺を悟られまいとする。サメは小さく頷くと感情の読めない黒目がちの眼球で私をじっと見つめた。

「で、今日はどんなご相談でしょう?」

「生まれてからずっと嫌われ者の気分が、あんたにわかるかい?」サメはそう言うと深いため息をつき、言葉を継いだ。

「俺を見れば皆が逃げ惑う。夏の海水浴場に紛れ込めば人間はみなパニックだ。俺が水面下からこっそり近づき人間を襲う映画がヒットしたおかげらしい。その二千年ほど前には俺たちをだまして踏み台にし、海を渡ろうとしたズルい兎の皮を剥いでやったことをいまだに神話でねちねち言われる始末だ」

鋭い歯をのぞかせながら話すサメに恐怖を悟られぬよう「それで他には?」と続きを促す。

「俺だって立派な魚の仲間だ。そうだろ。だからここにも来ることが出来た。しかしな、ほかの魚たちは内心、俺のことを馬鹿にしてやがるのが我慢ならんのだ」

「いったいどういうことです? 少なくとも私はサメさんを馬鹿にしているなどということはありませんよ」怒りにサメ肌を震わせる相手を刺激しないように慎重に答える。

「いや、本当は内心、せせら笑っているのさ。俺の名前、ここに書いてみろよ」鮮魚店のチラシを裏返し鮫が私を見据える。私はペン立てからマジックを取り大きく(鮫)と書いた。

「これ見てどう思う。魚へんが左にあるのは当然として、右側の(交)がついている理由が分かるか?」私は首を振った。

「これはな、俺達が交尾をするからなのさ。ほかの奴らは卵を産み付けそこに精子を放つだろ。俺たちは海中で体をくっつけ合って子孫を残すのさ。それが(はしたない)って魚の世界ではずぅっと笑いのネタにされているんだ」そう言うと(お前もどうせ馬鹿にしてるだろ?)という顔で私を見た。

「いえ、少なくとも今うかがったような生態は初耳です。ですから鮫さんを笑ったこともありませんよ」

「そうか。しかしな、俺はもうほとほと嫌われ者でいることに疲れたんだ。なあ、俺が皆に愛される時が来るのか? それを知りたくて今日はわざわざやってきたんだぜ」

私はここまで正直に己の心情を吐露する鮫に対し誠実に答えることにした。私は実は占いの能力など持っていないこと。ただ単純に名前にある(占)の字を理由に神様に無理やりこの仕事を押し付けられていること。そして本日を限りにこの仕事をやめようと思っていることを一気にまくし立てた。

それを聞いていた鮫は、やがて大きく裂けた口から鋭い歯をむき出し、背びれを鞭のようにひゅんと震わせると烈火のごとく怒り出した。

「何? 貴様、悩みを解決できる能力もないのに俺様の恥ずかしい告白を聞いてやがったのか? とんでもない奴だ!」

そう言うと鮫は私にかぶりつき、そのままがりがりと骨までかみ砕くと私の残骸を胃の腑に飲み込んでしまった。