文章表現トレーニングジム 佳作「よりによって」緑茶
第14回 文章表現トレーニングジム 佳作「よりによって」緑茶
「なんだ、コイツ、ブス」
目の前を横切った見ず知らずの男が一言、私にそう吐き捨てて去っていった。十一年前の冬の日、予備校に向かう電車の中での出来事である。
駅に着く直前の減速した車内に、男の声が響きわたった。周囲の誰ひとりとして笑わなかった。男が去って行ったあとも私は顔を上げられず、身動きもとれなかった。空調の音が大きく感じた。
あの日、予備校で受けたテストの出来は最悪だった。きっとあの呪いの言葉のせいに違いない。
通りすがりの男の一言をいまだに忘れられないのには理由がある。その出来事が起きた日が十二月二十四日、クリスマスイブだったからだ。
人の記憶はなにかと関連付けてインプットすると定着しやすいと言われる。受験生時代はそれを活かして、類義語と対義語をセットで覚えていた。また、入学試験には直接関わりのなさそうな豆知識も記憶の定着に役立ってくれた。
あれから十一年。あれ以上に印象深いクリスマスイブをいまだに過ごしたことがない。あの日がクリスマスイブでなければ、これほど引きずっていなかったのではないか。
クリスマスプレゼント、クリスマスソング、クリスマスケーキ。そうした言葉とともに、反射的にあの日のことを思い出してしまう。
特別な日の出来事はやはり、心に深く刻まれるものだ。だからこそ、願わくば、それが心温まる出来事であってほしい。
クリスマスイブの日を幸福な思い出で早く上書きしたい。