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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ロシアンルーレット」常盤英孝

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第37回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ロシアンルーレット」常盤英孝

隣の部屋からけたたましい銃声が鳴り響く。安っぽい木製の椅子に縛りつけられた直哉は、恋人を救えなかった無力さを握りつぶすように、腹の底から叫んだ。

「おい! 佳奈には手を出さないって約束しただろうがっ!」

きつく締められた縄が、もがく腕に食い込んだ。

「ヒヒッ! 心配するな、若造。今のは脅しの一発さ。まだ、お前の恋人は殺しちゃいない。その気になればいつでも殺せるぜってことを理解してもらおうと思ってね」

細身で長身、狡猾さがにじみ出た顎髭を蓄えた岩部と名乗る男が、ニヤつきながら直哉に言い放った。

「俺らは悪人だが悪魔じゃない。恋人を助けるために自分を犠牲にして、こんなところまでやってくる健気な心意気、嫌いじゃないね。お前と恋人に生き延びるチャンスをやろう」

そう言うと岩部は、背後の棚に置いてあったピストルを掴んだ。

「こいつのシリンダーから一発だけ弾を抜き取ってやる。昔からよくあるやつだなぁ。ロシアンルーレットってやつさ」

岩部は弾倉にぎっしりと弾が詰まっていること、そこから一発だけ弾を抜きったことをゆっくりした動作で示すと、シリンダーを勢い良く回した。直哉の背後から下っ端の男が近づき、右腕を自由にするため縄の一部を切り取った。

「ほらよっ」

両腿の上に、ズシリと重いピストルが放り投げられた。

「二人が生き延びられるかどうかは、お前の運にかかってる。ほら、ピストルを構えろよ」

直哉は手にしたピストルで岩部を打ち殺してやろうかとも考えたが、背後に立つ下っ端たちが自分に銃口を向けているのを感じ、企みを打ち消した。

粘ついた汗が背中に悪寒を走らせる。佳奈を救うためには、自分の運にすがるしかない。

直哉は静かに銃口をこめかみにあてがった。恐怖が誘う寒気で、身体の震えが止まらない。

「恋人を助けに現れたヒーローも、死を前にするとさすがに縮み上がるのかぃ?」

目の前では岩部が、口角を片方だけ釣り上げ笑っている。嘲笑されていることもわかっている。しかし、あまりの恐怖に悔しさを感じる余裕などなかった。

──一生の運を使い果たしてもいい。

恐怖から目を背けるために、ありったけの力を込めて瞼を閉じた。引き金にかけた人差し指が小刻みに震えている。覚悟を決めた直哉は、運命を引き寄せるように引き金を絞り込んだ。

ゆっくりと振動しはじめるピストル。鼓膜をつんざくような爆発音。さっき隣の部屋から聞こえてきた音とは比べ物にならないくらいに、バカでかい音。

──願いは届かず。直哉は死んでしまったんだ……。

「はいっ、カット! おつかれさん!」

極度の緊張から抜けきれず、まだ閉じた目を開けることができない。力を込めすぎたせいで、身体が硬直しているのがわかる。

「今回の主演男優オーディションはこれで終了です。最終候補に残った俳優さんたちだけあって、みんなかなりレベルが高かったです。誰もが主役にふさわしい演技を披露してくれました。主役に選ばれるかどうかは運次第、ってところかもしれません。関係各位で厳正なる審査を行ったうえで、後日、私から通知させてもらいますんで」

今回の映画でメガホンを取る監督の声がフロアに響く。

すべて出し切った。そう心で呟き、椅子から立ち上がる。

役者を目指してから初めて舞い込んできた主役のチャンス。この映画で主演を務めれば、飛躍的に名を轟かせられる。この機会を逃すわけにはいかない。そして、今日のオーディションは、これまでの役者人生のなかで最高の演技ができたと自負できる。

すれ違うスタッフに礼を言いながら出口へと向かう。監督の横を通り過ぎようとしたとき、その視線がこちらに向けられ、監督から肩を叩かれた。

「俺のなかでは、君の演技が最高だったよ」

手ごたえが確信に変わる。主役の座はロシアンルーレットなんかじゃなく、実力で勝ち取ってやる。

まだ全身に直哉が憑依しているのか、会場の出口から出る一歩を、恋人の救出に向かうヒーローのような気持ちで踏み出した。