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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「二人で星を」石黒みなみ

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作文・エッセイ
結果発表
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第36回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「二人で星を」石黒みなみ

正直言って、初めは遊びだった。お互い家庭がある。若い独身の女と違ってあとくされもなさそうだとも思った。

どうしてそうなったかもよく覚えていない。智子はとりてて美人だとかスタイルがいいわけではない。今までの女たちや、妻でさえも見た目はもっといいかもしれない。ただ、目がよかった。茶色かかった瞳がきらきらしていた。

会うのはいつも昼間だ。

「夕食には必ず間に合わなきゃ」

と智子は言うのだ。夫と二人の子どもの食事の用意をして、四人で食卓を囲むのだそうだ。たまにはいいじゃないか、理由は何とでもなる、と何度も言ったが、智子は首を縦に振らなかった。その代わり、昼間なら土曜でも日曜でも、祝日でもいいというのだった。

いつも明るいうちに何かを惜しむように会う。梅も見た。桜も見た。山の中のあじさい、海も見に行った。コスモス、紅葉、雪景色も見た。見ていないのは星だけだ。

手に入れられないものほど欲しくなるというが、あれは本当だ。私はどうしても智子と二人で星を見たいと思うようになった。

「なんとかならないのか」

「ダメよ」

一見おとなしげなな智子が、真昼のホテルの暗闇の中で私に見せる姿を、夜になればにまた別の男にさらしているのだと思えば、たまらない気持ちになった。ベッドの上で私の好きな形になる智子は、一歩ホテルの外に出ると、もう思い通りにはならないのだった。

こうなったら、何がなんでも、となかば意地になって考えていたところ、この夏、流星群が見られることを知った。一番いい時間帯は真夜中から明け方にかけてらしい。それは無理だとしても初めのころだけでもちょっと一緒に見たい。ただ、そのためには暗くなるのを待って、しかも街中を離れなければならない。うまい具合に、夏祭りに先駆けてイルミネーションのイベントを近くの川のほとりでやるという。まだ日が落ちる前に点灯するということで智子を誘った。

「ロマンチックらしいよ。明かりがついたのを見たらすぐに帰ろう。車で送るから」

星の話はしなかった。智子は初めためらっていたが、やがてうなずいた。

「いいわ。それなら夕方に待ち合せましょう。短い時間だけね。少し遅くなってもいいように、昼のうちに家の用事をしてしまうわ」

私はまるで遠足に行く少年のようにわくわくした。うまくいけばなしくずしに夜中まで一緒にいられるかもしれない。

妻には夕食はいらない、遅くなるかもしれないと言った。

「あら、珍しいわね」

妻は少し嬉しそうだった。智子と会うようになってから、私も夜はほとんど家にいる。妻もたまには一人でのんびりしたいにちがいない。

イルミネーションの点灯を見たらすぐ車に乗る。そのまま山側に走るのだ。流星群が見られるんだよ、何、必ず送るから、ちょっと遅れるだけじゃないか、と言いながら。友達の車に乗ったんだけど渋滞してて、とかなんとか言い訳まで教えてやればいい。子どもじゃないんだから、多少帰宅が遅れたってどうってことないじゃないか。

それに、もうばれたらばれたで、かまわない、そのまま星を見ながら智子とどこまでもいってしまいたい、とまで思った。

夕暮れ、川の近くの駐車場で待っていると智子からメールが入った。

「夫の転勤で今日引っ越します。短い時間でもと思ったけど、出られませんでした。ごめんなさい。点灯一緒に見たかった」

慌てて電話をかけたが留守電にもならなかった。むなしく発信音を聞いているうちにあたりは暗くなり、色とりどりの明かりがつき始めた。夜空には少し星も見える。ここからは流星群は見えない。にぎわい始めた川のほとりで私は一人だった。

家に帰ると、どこに行っていたのかちょうど妻も帰宅したところだった。

「早かったのね」

妻は少し驚いたように言い、薄いワンピースを脱ぎ始めた。所在なくテレビをつけると、流星群のニュースをやっていた。

真っ暗な夜空をすーっと尾を引くように星が流れる。

「今から明け方にかけてが、一番明るくたくさん見られます」

アナウンサーが何やら解説をしている。

「見たかったわ」

妻がポツリと言った。

「そうだな」

と思わず相槌を打ってから、はっと妻の顔を見た。妻は私を振り向きもせず、上気した顔で画面の流れ星をうっとりと見つめている。