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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「星空に歌う」アカツキサトシ

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作文・エッセイ
結果発表
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第36回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「星空に歌う」アカツキサトシ

空が青から濃紺に変わり始めた駅前で、昴はギターを弾きながら歌い始めた。

これで、終わりだ。

疲れきった人の群れは、昴の歌声に耳を傾けることなく足早に通り過ぎていく。

一心不乱に歌いきり、閉じていた目を開くと、そこに懐かしい顔があった。

「よお、久しぶり」

「康介」

いつぶりか分からないが、昴は笑った。

 

十五年前の春まだ浅い月曜日、「おはよう」も言わず、康介は教室に入ってきた。

音を立ててイスを引き、二列隣の斜め後ろの席で机に突っ伏した康介を見やり、昴はため息をつき、席を立った。

「やっぱり、ダメだったのか?」

康介の前の席に座り、昴は聞いた。

「うるせえ」

顔も上げずに康介は答えた。

「だから言ったじゃねえか」

「お前に何がわかるんだ」

貴重な土曜の午後に、買い物に付き合ってやったのに、なんなんだと思いつつ、「高嶺の花過ぎたんだよ」と昴は康介の肩を叩いた。

「お前はいいよ。ギターが弾けて、歌も上手くて心に響く。顔はまあまあだが」

お前はスターだ、輝く星だ。俺はフツーで凡人だ。康介は突っ伏したまま呟いた。

康介が惚れたのは、金持ちの高慢ちきな美人のお嬢様だった。そのお嬢様の誕生日が昨日の日曜で、康介はなけなしの小遣いでブレスレットを買い、神風アタックを試みたのだ。

ようやく顔を上げた康介は、ラッピングされた小さな箱を、ポケットから取り出した。

「受け取られさえもしなかった」

「マジかよ」

「その上、無理難題を言われた」

「一応、聞いておこうか?」

「わたしと付き合いたいなら、星くらいプレゼントしてよ。だってさ」

「くだらねえ。かぐや姫か、あいつは」とは言ってみたが、そのお嬢様も知っている昴は、康介にきっぱりあきらめさせる為に言った、あいつなりの優しさでもあるなとも思った。

「あきらめねえぞ」

「は?」

そうだった。康介の性格も、昴はよく知っていた。こいつは、馬鹿だった。まっすぐで一本気のある、憎めない馬鹿だ。

「宇宙飛行士にでもなる気かよ?」

「わかんねえ。けど、あきらめねえ」

そう言った康介は、高校卒業後、宇宙飛行士を目指すことなく、何故か料理の専門学校へ、昴は私立の大学へと進学した。

 

大学に入り、ろくに授業も出ず、ギターと歌だけで昴の時間は無駄に流れていった。

そんな時間が三年ほど過ぎ、高校時代の友人たちとの飲み会で、康介がフランスへと渡った話を聞き、その康介の想い人だったお嬢様のお父上の事業が、実は数年前から危うくなってきているという噂を耳にした。

そんな話を聞いたからといって、昴の生活は変わることはなく、むしろ貪る怠惰は増えていく一方だった。

そして、三年生を二回やったあと、昴は大学を辞め、弾き語りの歌い手を目指し、うだつのあがらない生活を続けていたら、あっという間に三十歳になっていた。

 

「まだ歌ってたんだな」

康介の顔には、精悍さが漂っていた。

「ああ、まだふらふらしてるよ」

昴は自嘲気味に笑った。

「お前はさ……」

康介が言いかけた時、もうひとつ、懐かしい顔が現れた。その女性の手首には、見覚えのあるブレスレットが揺れていた。

「星をさ、プレゼントしたんだ」

康介は照れくさそうに笑った。

聞けばお嬢様のお父上のレストランを、フランス帰りの康介が立て直し、なんちゃらの一つ星までゲットしたのだそうだ。

「康介、お前は凄いよ」

康介はおもむろに、昴の両肩をつかんだ。

「昴、お前は今でも俺のスターだ」

「やめろよ、恥ずかしいやつだな」

康介の真剣な眼差しを、昴は照れ隠しの苦笑いで受け止めた。

「昴、歌うの止めるなよ。歌い続けろよ。絶対だぞ」

人混みで姿が見えなくなるまで、康介は何度も振り返りながら昴に言い続けた。

「しゃーねえな」

星が瞬き始めた夜空を見上げ、昴は静かに歌い始めた。