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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「私の名は」吉光小夜舞

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第35回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「私の名は」吉光小夜舞

ドアの前に立ちチャイムを鳴らす。いつになってもこの瞬間は緊張する。出てきたのは太って禿かけた中年男性。ちょっと無理かも。

「おお!可愛いね。さ、どうぞ!」

私は部屋に入るとコースを確認してお店に電話をする。電話中、男は私のスカートをめくり、私の尻に顔をうずめている。電話を終えると私は何も言わず、男の顔を手で払い、「それじゃお風呂に行きましょ!」と服を脱ぎだした。異性の前で裸になることにもう、なんのためらいも無くなった。温泉の脱衣所で服を脱ぐ感覚。違うのは、脱いでいる間、じっと好奇の目で男に見られている事。二人とも裸になると男は私を抱き寄せキスをしてきた。もわっとした男性特有の濃い匂いが鼻を衝く。息を止めてキスをしていた私は、「まずはお風呂に行きましょ。」と逃げた。

膝を折り湯船に浸かる私を、男は後ろから抱きかかえて座る。ちゃぷちゃぷ水音が響く。

「君いくつ?」「19」「君の名は?」「ルカ」「昼間何してるの?」「学生」・・・

皆、聞くことは一緒だ。一通り私の素性を聞き終えると男はキスをしてきた。私は目をつむり、それに応える。できるだけ優しく…

ベッドに移ると、男は私の胸を舐めてきた。キスをして、胸、股間…これも皆ほとんど同じ。私は天井を見ながら、「今晩は、何を食べようかなぁ」と思案する。昨日はチーズハンバーグだった。一昨日は、カルボナーラ。男はうんうん言いながら嬉しそうに私の股に顔をうずめている。今日は、スープスパゲティにしようかな?それともネギトロ丼にしようかな?どっちがカロリー高いんだろ?一通り私の体を堪能すると、次は男が仰向けになり「俺のを舐めて。」と呟いた。

静かで無機質な部屋に、ヒップホップの有線放送がシャカシャカと鳴り響く。

「入れていい?」

徐(おもむろ)に男が聞いてきた。これもよくある事。

「いやいや嫌、無理です。」

「3万払うよ。」「いや無理です。」「十万ならどう?君可愛いからさ。俺したいんだ。」

私は考えてしまった。十万円は欲しい…男は皆入れたがる。さっきの若い会社員は1万円くれた。その前の髭を生やした客は2万円。今日は7人客を取った。3番目の客は私の好きな俳優に似ていたのでタダでした。十万円をくれると言った客は初めてだった。

「前金でもらっていいですか?」

男は分厚い高級そうな皮財布をスーツの上着から取り出すと、万札を半分に折ってまとめた十万円の束をくれた。俺こう見えても二十人ほどいる会社の社長なんだ、と男は言った。本当かどうか分からない。どうでも良い。

「ルカちゃん。」「ああ、いいよ。ルカっ」

激しく腰を振りながら、男は私の名前を連呼した。そうして自分の気分を盛り上げているようだった。「ルカ、ルカ、ルカぁ」と叫びながら男は私の中に出した。うかつだった。男はゴムをしていなかった。

「ひどい。ひどい。ひどいです…」

しくしく泣く私を男は叱りつけた。

「だいたい十万円も貰うってのは、そういうことだろ。大丈夫だよ。俺、種無しだから。嫁との間にも子供もできないんだ。」

男はそそくさとスーツを着ながら面倒臭そうに、冷たくそういった。「ルカ、ルカ」とさっきまで甘えていたモードと明らかに違う。中出し騒動を収めようと、商談をまとめるような厳しいビジネスマンのモードに切り替わってしまった。

「だいたい君もさ、まだ若いんだから、こんな仕事してないで、ちゃんと学校に行って、きちんとした所に就職しなよ。夢あんだろ?」

学生、といったのは嘘。私は中学を出ると、すぐ援助交際で稼ぐようになった。高校へは行けなかった。私は両親の顔を知らない。両親は交通事故で私が三歳の時に死んだ。私は後部座席で母親に抱きくるまれて奇跡的に助かった。母親は即死だった。

「どうせ、ルカって名前も源氏名だろ。学生っていうのも怪しいな。若いうちからこんなことして、ろくな大人にならないぞ。」

追い立てられるように客と別れ、ラブホテルの自動ドアを出ると激しいビル風に煽られた。コートの襟を立て、タバコに火を付けようと、ビルとビルの間の狭い壁に身を隠して、目を奪われた。薄汚れたビルの陰で、紫色の小さな花が風に吹かれてゆれていた。向かい風にも負けまいと必死で。綺麗だな。なんだか私みたいだ。その花を汚しちゃいけない。

私の本当の名は、美里風花。顔さえ知らない親から貰った、たった一つのプレゼント。前に姓名判断をしたら、字画は全ての項目が大吉だった。どんな思いで親はこの名前をつけてくれたのか。どんな私の未来を両親は思い描いてくれたのか…きっとこんな仕事を私がするとは夢にも望まなかったはずだ。

あの角を曲がるとお店の車が待っている。決めた。辞める事を伝えよう。私の夢はね…