文章表現トレーニングジム 佳作「S君」 緑茶
第11回 文章表現トレーニングジム 佳作「S君」 緑茶
あのころ、私はいつもひとりだった。休み時間は自分の席で本を読み、昼休みは図書室で過ごした。
誰とも話さないため、一日を終える頃には頬の筋肉が引きつり、強張っていた。帰宅後は母をつかまえ、教室での無口を取り戻すかのように、ひっきりなしに話し続けた。
S君は電車とバスを乗り継いで、片道一時間半かけて高校へ通っていた。得意科目は物理と数学。父親の名前から一字もらって名付けられ、その名を結構気に入っていた。嫌いな食べ物はチョコレート。身長が186センチあり、電車のドアに頭をぶつけないようにいつも体を屈めて乗りこんでいたらしい。
実のところ、S君と話したことは一度もない。なぜ知っているかと言うと、彼の声が大きかったからだ。
母へのネタが尽きてくると、決まって彼の話をした。大きな声で語られる彼のエピソードは、どれもクラスの誰もが知っているものだったが、母にはそれを伏せ、さも会話したかのように伝えていた。
毎日、毎時間が緊張の連続だった。笑い声が聞こえるたびに身構え、輪の中に入れないわけじゃない、ひとりが気楽で好きなのだ、
と自分に言い聞かせていた。当然、自信は全くなかった。
だから、あのころを振り返るとき、浮かび上がる記憶の大半はS君だ。ジュースを一気飲みする横顔も、大きな体を揺らして豪快に笑う姿も、笑うと三日月のようになる目もまざまざと思い出せる。彼はいま、どうしているだろう。