アガサ・クリスティー賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
アガサ・クリスティー賞
今回は、一月三十一日締切(消印有効。四百字詰原稿用紙四百?八百枚。鉛筆書き不可。ワープロ原稿は40字×30行もしくは30字×40行で、A4またはB5の紙に印字)のアガサ・クリスティー賞について論じることにする。
これまでに四回を数え、その内の第三回受賞作まで早川書房から刊行されているのだが、第二回の受賞作『カンパニュラの銀翼』(中里友香)は、この賞の〝傾向と対策〟を研究するのに、全く役に立たない。
募集要項には「広義のミステリ」と書かれているのだが、読み終えての感想は「これの、どこがミステリーだ。これはクラシックSFではないか」だった。
かつて大昔に、SFがミステリーの範疇に分類されていた時代もないではないが、SFでもOKとなったら、それは、いささか「広義」が過ぎるのではないか。
もっとも『銀翼』は、小説の出来映え自体は、かなり上手い。『黒十字サナトリウム』で第九回日本SF新人賞を受賞したプロ作家だけのことはあり、文章も描写も巧みで、文章のド下手なプロ作家が増えている現状では、上位に来る上手さだろう。
全編に哲学問答が満ち溢れているのも、哲学SF大好きな早川書房のテイストにも合っている。中里の、アメリカのアズサ・パシフィック大卒(哲学専攻)。カリフォルニア州立大ロングビーチ校哲学専攻修士課程中退という学歴から見れば頷けるし、哲学方面に自信があれば、応募作に哲学テイストを入れて編集部の食指を刺激する手はある。
しかし、ストーリー構成などは、『銀翼』は参考にしたくとも、参考にしようがないだろう。
第一回受賞作の『黒猫の遊歩あるいは美学講義』(森晶麿)も『銀翼』と同じく〝傾向と対策〟を研究するのに全く役に立たない作品だろう。
メイン・タイトルに『美学講義』と入っていることから想像がつくように、全編を通して、美学に関するペダンチックな蘊蓄のオンパレード。
本格的ミステリーと期待して読むと、短編連作形式で、個々の短編も全く大したことはなく、全体を通して一つの大きな謎が解ける物語構成になっているわけでもなく、はぐらかされたような失望感を覚える。
哲学と美学という相違点はあるが、早川書房という出版社の嗜好が、この二受賞作から読み取れる。
こういうペダンチックな知識に自信がある人は、予選突破を容易にするために応募作にこういうテイストを入れるのは、一つの手ではある。
さて、第三回受賞作の『致死量未満の殺人』(三沢陽一)に至って、初めて、本格ミステリーらしいミステリーとなる。
選考委員の有栖川有栖が
「雪の山荘で起きた毒殺事件の謎を十五年後に関係者が推理し、意外な真相が掘り出される——というアガサ・クリスティー風の本格ミステリだ。毒殺トリックという地味なテーマに食い下がり、よく書き抜いている。中盤の単調さ、ツイストの説得力の弱さなどの不備もあるが」
と講評しているとおり、クリスティにはポワロ物もミス・マープル物も、既に事件が起きてしまっており、中には犯人が逮捕されていて、その冤罪をポワロなりマープルが限られた時間内で晴らす、という設定の物語があって、確かに、似ている部分は多々ある。
が、遺憾ながら本家本元のクリスティよりも落ちる。
まず、主人公の花帆の許を旧友の龍太が訪れて「弥生(十五年前の被害者)を殺したのは俺だよ」と告白するシーンから始まる。
現在、殺人事件に時効はない。冒頭に「まだ殺人に時効が存在した時代の冬の出来事である」と一応、断りは入れてあるのだが「時効が存在した時代」という設定が、どこにも活かされていない。これは減点材料で、もっと細部まで行き届いた応募作とカチ合ったら、落とされる。
なぜ、わざわざ十五年前の、雪の山荘での殺人事件を回想する形式を採用したのか、なぜリアルタイムで事件が起こり、主人公たちが警察の追及を受けて四苦八苦する光景を描かなかったのか大いに疑問を感じた。
アガサ・クリスティー賞は上限が八百枚と、かなりの余力がある。
『致死量』であれば、二部構成にして、第一部をリアルタイムの雪の山荘殺人事件で、警察の懸命の捜査にも拘わらず迷宮入りするまでを描き、第二部で、その十五年後に関係者が一堂に会し、というストーリー仕立てにすれば、もっと読み応えのある作品になったはずである。
第六十四回日本推理作家協会賞と第十一回本格ミステリ大賞をダブル受賞した麻耶雄嵩の『隻眼の少女』のように。
『致死量』と『隻眼』を読み比べてみると何らかの“傾向と対策”的なヒントが得られるだろう。
受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた! あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
|
自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい? あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。
|
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
アガサ・クリスティー賞
今回は、一月三十一日締切(消印有効。四百字詰原稿用紙四百?八百枚。鉛筆書き不可。ワープロ原稿は40字×30行もしくは30字×40行で、A4またはB5の紙に印字)のアガサ・クリスティー賞について論じることにする。
これまでに四回を数え、その内の第三回受賞作まで早川書房から刊行されているのだが、第二回の受賞作『カンパニュラの銀翼』(中里友香)は、この賞の〝傾向と対策〟を研究するのに、全く役に立たない。
募集要項には「広義のミステリ」と書かれているのだが、読み終えての感想は「これの、どこがミステリーだ。これはクラシックSFではないか」だった。
かつて大昔に、SFがミステリーの範疇に分類されていた時代もないではないが、SFでもOKとなったら、それは、いささか「広義」が過ぎるのではないか。
もっとも『銀翼』は、小説の出来映え自体は、かなり上手い。『黒十字サナトリウム』で第九回日本SF新人賞を受賞したプロ作家だけのことはあり、文章も描写も巧みで、文章のド下手なプロ作家が増えている現状では、上位に来る上手さだろう。
全編に哲学問答が満ち溢れているのも、哲学SF大好きな早川書房のテイストにも合っている。中里の、アメリカのアズサ・パシフィック大卒(哲学専攻)。カリフォルニア州立大ロングビーチ校哲学専攻修士課程中退という学歴から見れば頷けるし、哲学方面に自信があれば、応募作に哲学テイストを入れて編集部の食指を刺激する手はある。
しかし、ストーリー構成などは、『銀翼』は参考にしたくとも、参考にしようがないだろう。
第一回受賞作の『黒猫の遊歩あるいは美学講義』(森晶麿)も『銀翼』と同じく〝傾向と対策〟を研究するのに全く役に立たない作品だろう。
メイン・タイトルに『美学講義』と入っていることから想像がつくように、全編を通して、美学に関するペダンチックな蘊蓄のオンパレード。
本格的ミステリーと期待して読むと、短編連作形式で、個々の短編も全く大したことはなく、全体を通して一つの大きな謎が解ける物語構成になっているわけでもなく、はぐらかされたような失望感を覚える。
哲学と美学という相違点はあるが、早川書房という出版社の嗜好が、この二受賞作から読み取れる。
こういうペダンチックな知識に自信がある人は、予選突破を容易にするために応募作にこういうテイストを入れるのは、一つの手ではある。
さて、第三回受賞作の『致死量未満の殺人』(三沢陽一)に至って、初めて、本格ミステリーらしいミステリーとなる。
選考委員の有栖川有栖が
「雪の山荘で起きた毒殺事件の謎を十五年後に関係者が推理し、意外な真相が掘り出される——というアガサ・クリスティー風の本格ミステリだ。毒殺トリックという地味なテーマに食い下がり、よく書き抜いている。中盤の単調さ、ツイストの説得力の弱さなどの不備もあるが」
と講評しているとおり、クリスティにはポワロ物もミス・マープル物も、既に事件が起きてしまっており、中には犯人が逮捕されていて、その冤罪をポワロなりマープルが限られた時間内で晴らす、という設定の物語があって、確かに、似ている部分は多々ある。
が、遺憾ながら本家本元のクリスティよりも落ちる。
まず、主人公の花帆の許を旧友の龍太が訪れて「弥生(十五年前の被害者)を殺したのは俺だよ」と告白するシーンから始まる。
現在、殺人事件に時効はない。冒頭に「まだ殺人に時効が存在した時代の冬の出来事である」と一応、断りは入れてあるのだが「時効が存在した時代」という設定が、どこにも活かされていない。これは減点材料で、もっと細部まで行き届いた応募作とカチ合ったら、落とされる。
なぜ、わざわざ十五年前の、雪の山荘での殺人事件を回想する形式を採用したのか、なぜリアルタイムで事件が起こり、主人公たちが警察の追及を受けて四苦八苦する光景を描かなかったのか大いに疑問を感じた。
アガサ・クリスティー賞は上限が八百枚と、かなりの余力がある。
『致死量』であれば、二部構成にして、第一部をリアルタイムの雪の山荘殺人事件で、警察の懸命の捜査にも拘わらず迷宮入りするまでを描き、第二部で、その十五年後に関係者が一堂に会し、というストーリー仕立てにすれば、もっと読み応えのある作品になったはずである。
第六十四回日本推理作家協会賞と第十一回本格ミステリ大賞をダブル受賞した麻耶雄嵩の『隻眼の少女』のように。
『致死量』と『隻眼』を読み比べてみると何らかの“傾向と対策”的なヒントが得られるだろう。
受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた! あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい? あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。
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若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |