佳作「十三階段 有咲結」
ズドン。やっと一発目だ。階段を一段上った。弾はあと十二発。一体、いつこの国の処刑方法が、こんな馬鹿なものに変わったのだ。だけど、俺は十三階段を無事に上り、あの扉から出てやる。絶対にシャバに戻ってやる。
「――被告人は十三階段にて銃殺刑。ただし、十三階段を上り切る間に、十三発の弾丸をすべて避け切ることが出来れば、釈放とする。なお、人権を鑑み、その際、受刑者には、弾を避けるための楯を持つ権利を与えるものとする」
楯だって? こんなサイズじゃ、全身を覆うことなんて出来やしない。弾は、二方向のどこから飛んでくるかも分からない。ズドン。これで二発目だ。処刑には、最大半日もかける。そう刑務官が言っていた。早く階段を上ろうとして慌てた奴が、処刑開始わずか二分でお陀仏だった、とも。じゃあ、時間をかけて、先に弾を切らせてやろう。知恵比べだ。俺は、そのあたりの馬鹿な犯罪者とは違うんだ。なんせ、八人もの人間の命を奪った男だ。やることが違う。銃弾の音だって、怖くねえ。
ズドン、ズドン。三、四。楯も一応役には立っているようだ。階段はまだまだ四、五段というところか。ズドン、痛っ。くそっ。足を掠った。だけど、大したことはない。まだ充分歩ける。とにかく、十三階段、上がりゃいいんだ。絶対に逃げてやる。
落ちつけ、落ちつけ。こういうのは、焦ったら負けだ。弾なんて怖くない。怖がる奴は馬鹿だ。俺には楯がある。弾は、たった十三発。それだけだ。
俺は修羅場をくぐり抜けてきた男なんだ。大丈夫だ。
ズドン、ズドン。六、七。
折り返した。あと少しだ。こういうのは、気をしっかり持つってのが、大事なんだ。
何だ? この音は? うわっ。来るな、蜂は、楯では避けられないぞ。いや、ちょっと待て。蜂に構っている場合じゃないんだ。俺の命が掛かっているんだ。
ズドン、ズドン、ズドン。九、十、十一。
危ない。今のは危なかった。俺の右すぐを掠めていった。落ちつけ、落ちつけ。あと、二発だ。二発終わったら、この階段を上り切る。上れば、あの扉から釈放だ。自由だ。あいつらは焦っている。馬鹿な奴らだ。考えもせずに、もう十一発も撃ちやがった。だから、素人は駄目なんだ。我慢をするってことが出来やしない。
俺は、奴らが全部撃ち終わったら、大手を振って逃げてやろう。
他の受刑者と違うって、分からせてやる。まるで、世界チャンピオンみたいに、大きくガッツポーズしてさ。
そうなると、これはいい処刑方法だ。俺には、逃げることが出来る。あと二発。たった二発。もう、十一発を逃れてきたんだ。
……なかなか、撃ってこないな。
あいつらに、さっさと撃たせれば終わる。階段を上がろうか。処刑には最大半日もかける。刑務官はそう言ってたな。俺だって、そんなに我慢強いわけじゃない。
あいつらは引き延ばして、俺を追い込むつもりなのかもしれない。極限状態にして、俺が隙だらけになるのを待っているんだ。参っていくのを楽しんでいるんだ。汚い奴らだ。
人間の風上にもおけねえ。無事に逃げ切れたら、人権問題だって、マスコミに訴えてやってもいいくらいだ。
よし。あと二発を、こちらから誘ってやる。
階段をそっと上がれば。体を楯に押し込めるようにすれば。そっと、そっと。
ズドン、ズドン。十二、十三!やった。やったぞ。終わったぞ!
「お前ら、思い知ったか。俺の勝ちだ。俺はもう自由だ」
ズドン。え? おいっ……反則じゃ、ねえのか……
「坂下刑務官長、こいつも駄目でしたね」
「しょせん、犯罪を犯すような奴は、こんな程度だろ。お前も、蜂を放すタイミングが絶妙だったな。前よりも上手くなった。わざとらしさがあれば、いくら馬鹿でも、意味を考えるからな」
「でも、こんな子供だましに引っ掛かるなんて。七発撃った後に、蜂を放して数を数え間違えさせるなんて」
「こちらとしても、万一、無事十三階段上り切られたら、許せないからな。人を殺して、釈放なんてさ。でも、毎回蜂じゃ、こっちも飽きるか? 次はナナフシにでもしてみるか?」