選外佳作「最初の一歩 若草彩」
好きな人とツーショットを撮る。それは女子高にいた私たちにとって未知なる行動であり、そんなことができる度胸も機会もなかった。学校で話す内容はテレビの話に音楽の話、アニメの話などで九割を占められていて、彼氏の話をしている人は英雄扱いだった。そんな世間的に言う「リア充」からはかけ離れていた高校で私も例にもれず年齢=彼氏いない歴であった。
「ねーえ。今週の日曜日さぁ、隣町の男子校祭行かない?」
中学からの友達である木原咲は私の高校で言う「英雄」であるため男子校に行くことになんのためらいもない。てゆーか咲彩の彼氏さんはそこの学校の生徒だったっけ。それだったらなおさらためらいなんてないか。
「あ、うーん。日曜日はツタヤ行くからだめかなぁ」断る理由としては圧倒的に弱いことは分かっているけれどとっさに嘘をつくことができない性分だから仕方がない。ツタヤは行くし。
「ツタヤは男子校祭行ってからでも行けるでしょ。理由がそれだけだったら行けるね。よし、日曜の十時に高校正門前で。面倒くさいから現地集合でいいよね。よし、来なかったら駅前のミスドでおごっもらうから」
始業開始のベルと同時に先生が入ってきたためそれ以上の話はできなかった。咲は口を挟ませてくれないところが玉に瑕。そのマシンガントークで救われたこともあるから悪くは言えないけど。うーん、ミスドか男子校か。男子と話すわけではないもんね。男子校に行ってずっと咲と話してればいいんだもんね。よし、重大決心。行くとするか。
「えぇ……」私は戸惑っていた。咲と正門前で落ち合えた時はホッとしたが校内を歩いている時に咲の彼氏さんに遭遇してそのまま二人でどこかに行ってしまったのだ。スマホを見ると咲から「ごめん!二十分くらいそこらへんぶらぶらしてて!」とメールが来ていた。いやいや、二十分長いわ。校庭は出店の客引きがすごいし教室もゲームやらない?とか誘われるし。どこか話しかけられないところあるかなと配られたパンフレットを見ると、
「管弦楽団 皆様に癒しのひとときを」
と書かれてあるのを発見した。男子と話さず音楽を聴いているだけ。これは行くしかない。
そそくさと演奏会場である体育館に移動し、後ろの方の椅子に座る。ちょうどこれから始まるところらしく、団員達が体育館の後ろから客席を通って舞台に移動していた。拍手をしながらなんとはなしにある団員の顔を見て驚いた。
あれ、なんだろうこの気持ち。胸がチクチクする。恋愛漫画とかでよく見るやつじゃん。背格好がよかったからこんな気持ちになったのかな。まあそんなところだろう。でもどうしても目があの人のところにいってしまう。チェロの弦を押さえる手つき、背中を丸めて弾く姿。どうしよう、すごく楽しい。そんなことを思っていたらポケットの中でスマホが震えた。「今どこにいるのー?」と咲から聞かれたのですぐに「体育館。後ろの方に座ってるから来て」と返信してまた彼に集中した。
曲と曲の間にそっと隣に座ってきた咲が「なるほどね。いい場所見つけたね」と言い、終わるまで一緒に聴いてくれた。拍手をしながら、客席に降り体育館から出るチェロの人をじっと見ていたら居ても立っても居られなくなり咲に「ねえ。一目ぼれしたかもしれない」と言ってしまった。「ええ!相手は?さっきの管弦楽団の中にいる?」「うん…。」「よし、思い立ったが吉日。会いに行くよ。」
あまりの展開の速さにどぎまぎしながら咲に腕を引っ張られて団員の楽屋である音楽室まで連れてこられた。「どの人?」と咲が聞いてくるのでもうここまで来たら仕方がないと腹をくくり、「あのピアノの隣でチェロ片づけてる人」と言ったらまた咲にその人の前まで腕を引っ張られた。
「写真、撮ってもらえますか?」と事も無げに言い、私とチェロの人を並ばせて写真を撮った。「失礼しました。私たちは隣町の女子高の者です。以後お見知りおきを」とお辞儀をしながら言った後また腕をつかみ、ダッシュでその場を後にした。私は終始呆然としていた。
あの時撮ったツーショットはひどいものであった。私はカメラ目線じゃないし相手も戸惑った表情。今まで何枚も彼とツーショットを撮ってきたけれどこんなに写りが悪いのはないよなとにやにやしながらまた定期入れにしまう。ずっと入れているため色があせてきたその写真は社会人二年目になった今でも大切な宝物である。