佳作「フォトスタジオ 吉井美佐子」
古希を迎え、そろそろ人生の仕舞い準備、終活を始めなければと思い至った。まず頭に浮かんだのが葬式で、となると遺影だ。余りヨレヨレの姿は残したくない。今の内に写真を撮って貰おうと、銀行に行ったついでに写真館を探した。しかし職場の近くは見知っていても、住んでいる町はほとんど知らない事に気づく。たまたま迷い込んだ通りに「フォトスタジオ」と看板を掲げた店を見つけた。
「葬式用の写真を撮りたいんですが」
「いつお亡くなりになる予定ですか?」
「それはまだ決まっていません」と笑って答えてから面白半分に尋ねた。
「もし分かっていたらどうするんですか?」
「丁度亡くなる年齢の写真が撮れます」
「という事は未来の私が?」
「はい、お望みなら過去の若い頃の写真もご用意できますよ」
「いやそれは探せば家にもありますから」
「当店はお客様のニーズに応えるべく多様なカメラをご用意しております」
狭い店内の棚にカメラが幾つも並んでいた。
「例えばこちらは時代を写すカメラで・・」
「よくある奴だな、そういう社会派的なのはいいです。私個人の遺影用に欲しいのでね」
「ああ、はいはい。ではこれは美人カメラの発展型で、自分の成りたい姿に撮れます。例えばケチな人を大変金払いのいい人に、馬鹿な人も賢く写してしまいます」
成りたい自分なるものがいまだ分かっていない身にはかえって面倒だ。
「或いはこちら、被写体本来の姿を写す、いわゆる本性を写すというカメラです」
「それはちょっと逆に遠慮したいね」
「前世の姿が写るカメラもありますよ」
前世には興味あるが犬が写っても困る。
「背後霊やご先祖様が写る・・」
「いや、ですからそれは私が死んでから息子に撮って貰う事として」
「これなんかどうですか。ちょっとしゃべってみて下さい。声を写し取ります。ご家族に遺言を残すのにも便利かと」
「ビデオやCDがあるからいいよ。欲しいのはプリントして黒縁で飾れる写真です」
「分かりました。ではこちらへどうぞ」
漸く男は私を椅子に座らせると念入りに照明の調節を始めた。そして棚から一見何の変哲もないデジタルカメラを取り出して来た。
「端的に言って、今カメラで撮れないものは無いんですよ。レントゲンは体の内部を撮るが、人体を透かしてその先の背景だけ撮る事もできます。脳波を読み取り他人の夢すら写し出してしまう。超高倍率のズーム機能を搭載したカメラで、月を拡大し続けたらクレーターまで鮮明に見えたという時代です。このままカメラが進化し続けて、どんどんどんどん精度を上げて行ったら最後には一体何が写し出されると思います?答はこのカメラにあります」カシャッ!
写真屋はシャッターを押した。
それから再生モードに切り替え、液晶モニターを覗いた彼は目を見張って叫んだ。
「す、すばらしい!こんな人は初めてだ」
何事かと私も覗くと画面は真っ白だった。
「仏性ですよ、仏性が写っているんです!この白い光を御覧なさい、大概は黒っぽいか、せいぜい薄明るい画面になるのに、こんな明らかな画像は初めてです!」
写真屋は興奮冷めやらぬ声で提案した。
「実は私はもう店をたたむ積りです。このカメラの行く先を案じていたが、貴方こそ相応しい。メモリカードごと差し上げましょう。今幾らお持ちですか。私の当面の生活費として、そうですね、十五万も頂けたら・・」
私はガスコンロの買い替え用に先程銀行で下ろしたばかりの十二万円を男に渡した。
家に帰り顛末を話してカメラを見せると、妻は黙って台所へ立ってしまった。私は終活よりも脳の活性化が必要と気づき数独を始めた。