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佳作「禁断の美 野萩」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第25回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「禁断の美 野萩」

私の腕から桜が生えてきた。

朝起きた時に、右腕に違和感があると思ったのだが、ちらと見てみると見事なくらいに桜の花が一房ついた樹がにょきっと生えてきていたのだ。誰かのイタズラかとも思ったが、樹は偽物ではなく私の腕にしっかりと根付いている。

驚いた私はすぐに救急車を呼んで病院へと直行した。

診察をした医師が珍しい物を見たという顔で椅子に座った私に言った。

「これはサクラふき、という実に珍しい奇病です。世界中でもまだ数十例しかなく、原因も未解明です」

医師の話によると、この桜は宿主の養分を吸って育ち、一週間後には全ての養分を吸い尽くして宿主を殺して自身も枯れてしまうらしい。そして、これまでこの病気にかかった人は誰も助かっていない、つまりは致死率百パーセントということだ。

「先生、何とかならんのでしょうか」

私は顔を青ざめさせながら、必死の形相で訴えた。まだ死にたくない。私にはまだやりたい事が山ほどあるのだ。

すると医師はにこやかに笑って、私を落ち着けさせるように優しい声で答えた。

「安心してください、実は動物実験で治療法は既に見つかっています。ある特別な薬を朝夜の一日二回、五日間飲み続ければ桜の木は枯れて二度と生えて来なくなります」

「その薬、副作用は?」

「大丈夫です。多少眠気を感じるかもしれませんが、あなたが薬を飲んだすぐに車を運転するでもしなければ、全く問題ありませんよ」

「それならよかった」

しかし医師は最後に少し不安げな顔を見せて言った。

「しかし、この薬は飲み続けて初めて効果があるのです。飲み忘れには、くれぐれも注意してください。この治療を試みた人はこれまで何人かいるのですが、全員途中で薬を飲み忘れてなくなっています」

「わかりました」

早速私は入院して治療を始める事にした。なにせタイムリミットは七日間である。直すのに五日かかるのだから、三日目から飲み始めたりしたら命はないだろう。そして、途中で一回でも飲み忘れたりしても助からないようだ。医師の注意を思い出して私は少し不安を覚えた。

しかし私の心配とは裏腹に、一日目、二日目はすこぶる調子が良かった。薬は錠剤なので痛くも苦くもないし、病院食は思ったよりは美味しい。

思えば病院にいるのだから飲み忘れるような事はまずないはずだ。これなら

徒らに心配する必要はないだろう。一体、他の人はなぜ飲み忘れてしまったのだろうか。もしかしたら自宅療法でついうっかり忘れてしまったのかもしれない。私はそんな名も知れぬ患者の事を少し不憫に思った。

治療は順調に進むはずだった。しかし、異変は三日目に起こった。

桜の花の色が、若干変色していたのだ。

これは薬が効いてきているからだろう。私はそう考えたし、医師もそうだと言った。しかし、華やかとは言えず、とこか控えめながらもしっかりと自己を主張しているように見えた桃色が薄く黄色がかるのを見て、私はどこかいたたまれないような気持ちになった。

四日目、翌日になって花の黄色みが増したのを見て、私はそのような気持ちがますます強くなっていった。まるでこの世で最も美しい絵画を汚しているような、古くに建てられた、神聖な堂を壊していくような。そんな冒涜的な感情に見舞われるのだ。

これがどれほど馬鹿げた考えかは重々承知である。言わば癌細胞を美しく思うようなものだ。それに仮に薬を飲まないでいても、数日後には私と共に枯れて散っていくのだ。何を悩む事があるのだろう。

しかし、美はヒトを狂わせる。美しく感じる事がなかったら、起きなかった悲劇も世の中には多くあるだろう。美には、理性では語れない魅力があるのだ。もしかしたらこの桜の木にはヒトにとって、かなり美しく見えるのかもしれない。そこまで考えて、私は首を大きく振ってこれまでの考えを振り払った。そして、明日に向けてゆっくりと眠る事にした。

数日後、私は桜の木に栄養を吸い尽くされ、死んだ。病院の表向きの書類には、注意不足からの飲み忘れという事になったようだ。

なぜこうなってしまったか、理由はいくつか考えられるのだが。