第17回「小説でもどうぞ」佳作 家出/かく遥加
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
「家出」
かく遥加
かく遥加
「お世話になりました」
俺が仕事から帰宅すると、何もかもがなくなっていた。残されたものは置き手紙だけ。俺は星の瞬く冬空の下、一人途方に暮れる。これで九回目。置き手紙に記されていた、役所の夜間窓口へと向かう。
「九回目ですか。二十歳でお一人暮らしをされてから一年に一回のペースです。累計十回になるとどうなるか、ご存知ですよね」
窓口の女性の冷たい口調が響く。
「心当たりがなくて……」
俺は頭をかく。
「そこに書いてあるでしょう!」
女性が声を荒らげた。待合室にいる人たちが一斉にこちらを見る。置き手紙には俺の私生活のだらしない点がいくつも指摘されていた。俺は掃除が嫌いだ。俗に言う、ゴミ屋敷状態にしてしまう。そうすると何が起こるのか。家出をされる、つまり「家」が出て行ってしまうのだ。
急激な人口の減少に伴い、一家族に一軒、「家」が配当されるようになった。その一軒家にはAIが仕込まれており、住人がモラルに違反した行動を取ると、「家」ごといなくなる。甚だ迷惑な話だが、このおかげで家の中でのDVや虐待、虐め、その他諸々のトラブルはなくなった。俺はこの手の犯罪はしていないが、ただちょっと片付けが苦手なのだ。悪臭などで近所から苦情が数回来れば事件とみなされ、「家」は俺を置いていなくなる。
「新居が見つかるまでは、ホテル泊、車中泊、野宿等選べますがどうしますか?」
「野宿でいいです」
「それでは、テントと寝袋をお渡しします。荷物の手配ができましたら連絡しますので、電話に出られる状態にしておいて下さい」
「わかりました」
真冬の冷たい夜風が体に刺さる。俺は公園の隅にテントと寝袋を設置した。辺りには自分と同じ目にあったであろう人々のテントが点在している。
住人を置いて出て行った「家」は、国の管理する収容所に入り、メンテナンスを受けたあとにまた別の住人へと配当される。中に置きっぱなしだった住人の私物は、新しく配当される「家」に設置される。特に損をするわけでもないのだが「家」に見捨てられるというのは結構ツラい。俺はこれを九回繰り返している。
強がりで「家」から解放されるのも悪くないのではなどと思ってみたりもする。しかし、「家」を持たない生活は、地球上にいる限り法律で許されていない。考え事をしながらうとうとしていると、電話が鳴った。いつの間にか辺りは薄明るくなっている。
「『家』を配当しました。元の住所にお戻り下さい。テントと寝袋は郵送するか、役所まで持参をお願いします。あと一回でどうなるか、わかっていますね?」
俺は「はい、はい」と適当に相槌を打ちながら電話を切った。さあこれで帰れる。新しい「家」は、前の「家」よりもがらんとしていた。ペナルティとして家具や荷物も減らされてしまったようだ。これからは、ここで「家」の機嫌を損ねないよう生活していかなければならない。
数日の間、きちんとした生活を送っているうちに、俺は息苦しくなってきた。どうしよう、俺のほうが家出しようか。でもまた新しい「家」が配当されるだけかもしれない。それならわざと、「家」に嫌われたほうがいいのではないか。俺は庭に出て石を拾うと、リビングに戻り、窓ガラスに向けて石を投げようとした。過去の嫌な記憶が蘇る。
「ガシャーン!」
親父は俺を窓ガラスめがけて突き飛ばした。そのあとの記憶はない。気がついたら、俺は包帯だらけで病室のベッドにいた。十歳の頃のことだ。両親は俺への虐待と殺人容疑で「家」に逃げられた上に、地球から追放された。両親は「家」に逃げられたのは三回目だったが、俺への常軌を逸した虐待で一発アウト。「家」を再配当されるどころか、この地球上からいなくなった。その後、俺は親戚の所を転々としたが、二十歳になり一人前の大人として「家」が配当される。しかし、その後に九回「家」に逃げられ、俺も地球から追放されるのにリーチがかかった。通常は累計十回の「家出」で、地球から追放されるのだ。地球から追放されることは別に構わないが、親には会いたくない。今現在、宇宙上に存在しているかどうかも怪しいが。
俺は窓を開けて石をそっと庭に戻す。そして曇った窓ガラスを袖口でぬぐった。そうだ、俺はここで生きていくしかない。
「俺を置いて行かないでくれ」
俺は「家」に向かって呟く。室内の温度がほんの少しだけ暖かくなった気がした。
(了)
俺が仕事から帰宅すると、何もかもがなくなっていた。残されたものは置き手紙だけ。俺は星の瞬く冬空の下、一人途方に暮れる。これで九回目。置き手紙に記されていた、役所の夜間窓口へと向かう。
「九回目ですか。二十歳でお一人暮らしをされてから一年に一回のペースです。累計十回になるとどうなるか、ご存知ですよね」
窓口の女性の冷たい口調が響く。
「心当たりがなくて……」
俺は頭をかく。
「そこに書いてあるでしょう!」
女性が声を荒らげた。待合室にいる人たちが一斉にこちらを見る。置き手紙には俺の私生活のだらしない点がいくつも指摘されていた。俺は掃除が嫌いだ。俗に言う、ゴミ屋敷状態にしてしまう。そうすると何が起こるのか。家出をされる、つまり「家」が出て行ってしまうのだ。
急激な人口の減少に伴い、一家族に一軒、「家」が配当されるようになった。その一軒家にはAIが仕込まれており、住人がモラルに違反した行動を取ると、「家」ごといなくなる。甚だ迷惑な話だが、このおかげで家の中でのDVや虐待、虐め、その他諸々のトラブルはなくなった。俺はこの手の犯罪はしていないが、ただちょっと片付けが苦手なのだ。悪臭などで近所から苦情が数回来れば事件とみなされ、「家」は俺を置いていなくなる。
「新居が見つかるまでは、ホテル泊、車中泊、野宿等選べますがどうしますか?」
「野宿でいいです」
「それでは、テントと寝袋をお渡しします。荷物の手配ができましたら連絡しますので、電話に出られる状態にしておいて下さい」
「わかりました」
真冬の冷たい夜風が体に刺さる。俺は公園の隅にテントと寝袋を設置した。辺りには自分と同じ目にあったであろう人々のテントが点在している。
住人を置いて出て行った「家」は、国の管理する収容所に入り、メンテナンスを受けたあとにまた別の住人へと配当される。中に置きっぱなしだった住人の私物は、新しく配当される「家」に設置される。特に損をするわけでもないのだが「家」に見捨てられるというのは結構ツラい。俺はこれを九回繰り返している。
強がりで「家」から解放されるのも悪くないのではなどと思ってみたりもする。しかし、「家」を持たない生活は、地球上にいる限り法律で許されていない。考え事をしながらうとうとしていると、電話が鳴った。いつの間にか辺りは薄明るくなっている。
「『家』を配当しました。元の住所にお戻り下さい。テントと寝袋は郵送するか、役所まで持参をお願いします。あと一回でどうなるか、わかっていますね?」
俺は「はい、はい」と適当に相槌を打ちながら電話を切った。さあこれで帰れる。新しい「家」は、前の「家」よりもがらんとしていた。ペナルティとして家具や荷物も減らされてしまったようだ。これからは、ここで「家」の機嫌を損ねないよう生活していかなければならない。
数日の間、きちんとした生活を送っているうちに、俺は息苦しくなってきた。どうしよう、俺のほうが家出しようか。でもまた新しい「家」が配当されるだけかもしれない。それならわざと、「家」に嫌われたほうがいいのではないか。俺は庭に出て石を拾うと、リビングに戻り、窓ガラスに向けて石を投げようとした。過去の嫌な記憶が蘇る。
「ガシャーン!」
親父は俺を窓ガラスめがけて突き飛ばした。そのあとの記憶はない。気がついたら、俺は包帯だらけで病室のベッドにいた。十歳の頃のことだ。両親は俺への虐待と殺人容疑で「家」に逃げられた上に、地球から追放された。両親は「家」に逃げられたのは三回目だったが、俺への常軌を逸した虐待で一発アウト。「家」を再配当されるどころか、この地球上からいなくなった。その後、俺は親戚の所を転々としたが、二十歳になり一人前の大人として「家」が配当される。しかし、その後に九回「家」に逃げられ、俺も地球から追放されるのにリーチがかかった。通常は累計十回の「家出」で、地球から追放されるのだ。地球から追放されることは別に構わないが、親には会いたくない。今現在、宇宙上に存在しているかどうかも怪しいが。
俺は窓を開けて石をそっと庭に戻す。そして曇った窓ガラスを袖口でぬぐった。そうだ、俺はここで生きていくしかない。
「俺を置いて行かないでくれ」
俺は「家」に向かって呟く。室内の温度がほんの少しだけ暖かくなった気がした。
(了)