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第17回「小説でもどうぞ」佳作 あの場所で待ってる/遠木ピエロ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第17回結果発表
課 題

※応募数253編
「あの場所で待ってる」
遠木ピエロ
 俺の両親は俺が中学一年生の頃に離婚した。俺は母についていったが、母は俺にあまり興味がないようだった。母はすぐに再婚すると、継父となった男と共に俺のことを邪険に扱うようになった。そんな家で生活する中で、俺の心臓は凍りつき、凍てついた血を体中に巡らせるようになり、冷たい孤独になった。
 中学は卒業させてもらったが、その後は家を追い出された。知り合いの紹介で、今住んでいるこの恐ろしく古びたアパートに格安で住まわせてもらえることになった。このアパートの部屋でも、孤独が溶けていく気配はなかった。このアパートに住みながら工場でライン工としてずっと働き続けた。
 ある日、外出から帰ってきてバット入りケースを玄関の脇に立てかけたその瞬間、呼び鈴が鳴った。タイミング的に警察に尾行されていたのだろう。観念してドアを開けた。
 そこにいたのは予期していた警察ではなく、プラスチック製の制御用首輪をした女性のアンドロイドだった。アンドロイドは俺の脇をするりと抜けて、部屋に上がり込んでしまった。俺は慌てて振り返った。
「お前、なんなんだよ!」
 アンドロイドはこちらを振り返った。
「私は捜査官のアンドロイド。名前はアン」
 介護用や保育用のアンドロイドなら一般的になってきたが、捜査官のアンドロイドなんて初めて聞いた。しかしアンドロイドとはいえ捜査官が来るということは俺を逮捕しにきたということに間違いない。
「あ、こたつだ。よいしょ。あったかーい」
 ……俺を逮捕しようという雰囲気ではない。
 アンは俺の方を向いた。
「君に聞きたいことがあるんだ。勝手に人の家に上がり込んで、中をバットで滅茶苦茶にする。何でそんなことをしてるの?」
 別に答える義理もないが、この妙な流れの勢いでつい言ってしまった。
「ぶち壊したいんだ。俺が味わえなかった家での幸せな生活を。ひとつでも多く」
 アンはふむ、と呟き妙なことを言い出した。
「この家に私を住まわせてくれない? 私が幸せな生活を味わわせてあげるからさ」
 混乱してきた俺は一旦部屋の外に出て、冷たい空気に頭を晒した。しかし混乱は収まることがなく、結局そのまま部屋に戻った。
「やぁ、おかえり」
 アンの言葉に、よく分からない衝動を感じた。そして心臓からじんわりと温かい血が湧き出して、体中を巡っていくような気がした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、なんで俺を逮捕しないんだ?」
「逮捕されたいの?」
「いや、そういう訳じゃないが」
「まあ、そのうちね」
 それからアンとのよく分からない関係の生活が始まった。
 生活自体は今までと変わらない。朝起きて、働いて、夜帰ってきて、寝る。それだけだ。
 ただそこにアンがいると、おはよう、行ってきます、ただいま、おかえり、おやすみ。こんな言葉が加わる。それだけで、この部屋は俺にとって温もりのある部屋に変わった。
 そしてその尊さを強く感じるようになればなるほど、自分が今まで家を壊してきたことへの罪悪感も強くなっていった。
 ある夜、アンと俺がこたつに入っている時に、俺はアンに話しかけた。
「俺さ。自首しようと思うんだ」
 アンは驚いて目をしばたたかせていた。
「アンのおかげで、自分がしてきた罪の重さを理解したんだ。それに俺も短い期間とはいえ温かい家での生活っていうのもできたし」
 そして俺はじっとアンの目を見据えた。
「嘘なんだろ? 捜査官のアンドロイドなのは。本当はメンタルケア用のアンドロイドで、そう言えば拒絶されるから捜査官と偽った」
 アンは目を見開いた。
「どうしてそれを……」
「捜査官のアンドロイドだったら捕まえて終わりにすればいいだけだ。たぶん俺の犯行現場を見て、その行動から俺の心理状態を分析して、助けに来てくれたんだろ?」
 気がつけば俺の視界は滲んでいた。
「ありがとう、アン。俺に幸せな時間を過ごさせてくれて。でもアンには本来の居場所があるんじゃないのか?」
 滲んだ視界の向こうにいるアンは、ジッとこたつの天板を眺めながら言った。
「居場所なんてないよ。私、役立たずで捨てられたアンドロイドだから」
 アンは天を仰いだ。
「君の凍えた心を溶かしてあげられたのはとても嬉しいよ。だけど、自首して一緒に暮らせなくなるのは、淋しい」
「申し訳ない。けど、俺が出所するまでだ。それまでこの部屋で待っててくれないか」
「うん。この部屋で、この家で待ってる」
(了)