公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第17回「小説でもどうぞ」佳作 帰りたくない/ササキカズト

タグ
作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第17回結果発表
課 題

※応募数253編
「帰りたくない」
ササキカズト
 家に帰りたくない。妻がまた、玄関で待ち構えていると思うと、本当に気が重くなる。
 飲みの席が仕事においてどれほど大事なのか、あいつはわかっていないんだ。上司のご機嫌をとったり、仕事の情報収集をしたり、得意先への接待だってある。
 それをあいつは、毎晩玄関で待っていて、必ず文句を言う。毎晩毎晩よく玄関で待っていられるもんだ。どんなに遅くなっても絶対に待っている。異常だ。
 飲んで帰るとあいつは、必ずスーツの匂いをチェックする。そして香水やシャンプーの匂いをかぎ分けこう言うんだ。
「女と会ってきたんでしょ」と。
 そりゃ女の子がいる店にだって行くさ。接待ならばそういう店に行くのが当たり前だ。
 だがあいつは、俺の浮気を疑っている。誓って言うが、俺は浮気はしていない。風俗にも行っていない。女の子が隣に座るような店で飲むだけだ。
 今日もまたあいつは俺の浮気を疑って、きっと口論になるんだ。それを思うと、家に帰るのが憂鬱でしかたない。
 今日俺は一人で飲んだ。上司にも同僚にもフラれ、かといってすぐ家に帰る気にもならず、駅の飲み屋にふらりと立ち寄った。ちびりちびりとやっているうち、いつの間にか終バスを逃してしまい、とぼとぼと家まで歩いているところだ。
 今日は近くに女もいなかった。浮気を疑われる筋合いはまったくないはずだ。
 家の近くまで来ると、門の横に見慣れない車が路駐しているのが見えた。
 ひとの浮気を疑っておいて、あいつこそ男を引っ張り込んでいるんじゃないのか。そう思うと俺は頭に血が上り、怒りが沸いてきた。俺は家まで走って行き、急いで玄関の鍵を開けて中に入った。
 妻はいつものように、玄関をあがったところに座って待っていた。
「今日も遅かったじゃない。また女のところに行ってたんでしょ」
 まただ。しつこい。どうかしている。
「お前こそ浮気してるんじゃないのか。外の車は何なんだ」
 そう言っているうちに俺は、気分が悪くなってきた。ここ数日、妻の姿を見ると本当に吐き気を催してくる。我慢出来そうもないので、洗面所に行こうとしたが、妻が座ったまま動かない。
「どけ!」
 動こうとしない妻を、飛び越えるようにしてかわし、俺は洗面所に駆け込んだ。
 洗面台で嘔吐していると、インターフォンの鳴る音がした。
「誰か来たぞ。お前の男じゃないのか」
 洗面所から俺が言うと、
「知らないわよ」と妻の声。
 ドンドンドンと、玄関の戸を叩く音がして声が聞こえた。
「警察です。お伺いしたいことがあるんですが、開けてもらえませんか」
 警察? 警察が一体何の用だ?
 妻が一向に動こうとしないので、仕方なく俺が玄関の扉を開けた。二人の刑事らしき男が立っていて、俺と妻を見るなり「あ!」と声をあげた。
「そちら、奥さんですね!」
 俺は後ろに座る妻を見て、「そうですが」と言った。
「一体何が!」と刑事らしき男。
 何がって……。
「異臭がするって近所から通報があったんだ。殺したのか!」
 殺した? 俺が? 
 ……ああ。何日か前に、あんまり浮気を疑うから突き飛ばしたときか。何度か柱に頭を叩きつけてやったから、あのとき死んでいたのか。いつもと同じように玄関に座っていたから気付かなかったよ。腐ってたのか。どうりで吐き気がしたわけだ。
 妻はぐったりと壁に寄りかかり、血だまりの中に座っている。青白い顔を肩に傾けて、目を見開いたままこっちを見てやがる。
 突然妻が、俺を睨みつけたまま叫んだ。
「刑事さん、このひと浮気してるんです。逮捕して下さい!」
 こいつ、まだそんなことを……。
「浮気なんかしてないって、何度言ったらわかるんだ!」
 妻に掴みかかろうとした俺を、二人の刑事が押さえつけてきた。
「いかれてるな」と一人の刑事が言った。腐乱した妻がしゃべる訳ないと、頭の半分で理解してはいたが、聞こえるものは仕方ない。俺はどうかしちまったみたいだが、一つだけ確信を持って言えることがあった。
「刑事さん。俺は浮気だけは、絶っ対にやってない。天に誓って潔白なんですよ」 
(了)