第17回「小説でもどうぞ」選外佳作 ミケの牢獄/齊藤想
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
選外佳作
「ミケの牢獄」
齊藤想
「ミケの牢獄」
齊藤想
ミケにとって、この家は牢獄だった。
冷暖房が完備した部屋に、必ずありつけるご飯。優しく親切で、たくさんかわいがってくれるママ。傍目には、理想的な生活かもしれない。
だが、ミケには自由がなかった。移動が許されるのは家の中のみ。まるで、一日中監視されているかのような生活。
ミケは自由にあこがれていた。レースのカーテンの向こう側には、冒険しきれない無辺の世界が広がっている。
外の世界には、何があるのだろうか。青空の下では、どのような出会いが待っているのだろうか。
ミケは、忍び足で窓に近づく。レースのカーテンを少し開けて、空を見上げる。ツバメの夫婦が自由に飛び回っている。電柱ではカラスが羽を休めている。
となりの庭からエンジン音がした。ゆっくりと、乗用車が出ていく。車の陰からキナコが顔を出し、トコトコと歩いていく。
ミケは、みんなが羨ましくてたまらなかった。一度でもいいから、この足で、外を歩いてみたかった。
コンコン、と窓を叩く音がした。ミケが音の方向を見ると、キナコが手招きしている。
窓越しに手を重ねようとしたとき、さっとカーテンが引かれた。視界がふさがる。見上げると、すぐ後ろにママがいる。キナコはさっと逃げ去った。
ママはいまにも唾を吐きそうな視線で、キナコの背中をにらみつける。
そして、急に向き直ると、猫なで声でミケに話しかけてきた。
「ねえミケちゃん。お外ばかり見ないで、こちらにきなさい」
ママは深紅に塗られた指でミケを抱き寄せた。そして、耳元でささやく。
「あんなのと友達になって、病気になったら大変でしょ」
ミケが唯一外出できるのは、病院にいくときだけだった。
家にいても、病気になることはある。病院まで車でわずか五分。そのときだけ、車窓を通して外の景色を眺めることができる。
特別な景色があるわけではない。街路樹とガードレール。その背後に並んでいる、普通の家と小さな商店。
どこにでもあるような風景。それでも、ミケには貴重な五分だった。
病院につくと待合室に入り、診察が終わると真っすぐに家に帰る。ママはどこにも寄らない。たまには違う道でもいいのと思うけど、ママはまるで誰かの視線を避けているかのように、かたくなだった。
ある日、ママが携帯を手に、困った顔をしていた。どうやら妹が沖縄で結婚式を挙げることになったようで、本当は欠席したかったようだけど、妹が強引で押し切られた様子だった。
ママはシングルマザーで、パパはいない。
だから、ママは仕方なく不在の間のミケの世話を、祖母に頼んだ。
ママは電話口でこう叫んでいる。
「家の外に出すなんて絶対にダメ。だからばあちゃんが家にきて。一泊ですぐに帰ってくるから」
おばあちゃんがやってくると、ママはくどくどと念を押してから、家を出ていった。
またいつもと同じ一日が始まる。そう思っていたけど、ママがタクシーに乗って見えなくなると、おばあちゃんはミケの頭を優しくなでた。
「たまにはお外に出たいよね」
ミケは目を輝かせた。
ミケは、おばあちゃんと一緒に公園に出かけた。同じ年齢の仲間たちと遊んだ。いつも窓から様子を見に来てくれた仲間たちだ。もちろん、キナコもいた。
仲間たちと思いっきり遊んだミケが、おばあちゃんのところに戻ってくる。おばあちゃんの横に、ちょこんと腰かけた。
おばあちゃんは、ミケに話しかけた。
「これからおばあちゃんと一緒に生活してみない?」
えっ、とミケは思った。
「実はね、ママには児童虐待の疑いがかかっているの。娘を家に閉じ込めるなんて、酷いって。妹の結婚式を理由に、ママを出かけさせたのもこのためなの」
ミケはおばあちゃんの目をのぞき込む。
「これから自由に外に出られるの? 公園にだって、小学校にだって」
「もちろんだよ、美卦ちゃん」
「嬉しい!」
美卦はひたすら泣き続けた。
おばあちゃんは、苦労が詰まったしわだらけの手で、愛しい孫娘を抱きしめた。
(了)
冷暖房が完備した部屋に、必ずありつけるご飯。優しく親切で、たくさんかわいがってくれるママ。傍目には、理想的な生活かもしれない。
だが、ミケには自由がなかった。移動が許されるのは家の中のみ。まるで、一日中監視されているかのような生活。
ミケは自由にあこがれていた。レースのカーテンの向こう側には、冒険しきれない無辺の世界が広がっている。
外の世界には、何があるのだろうか。青空の下では、どのような出会いが待っているのだろうか。
ミケは、忍び足で窓に近づく。レースのカーテンを少し開けて、空を見上げる。ツバメの夫婦が自由に飛び回っている。電柱ではカラスが羽を休めている。
となりの庭からエンジン音がした。ゆっくりと、乗用車が出ていく。車の陰からキナコが顔を出し、トコトコと歩いていく。
ミケは、みんなが羨ましくてたまらなかった。一度でもいいから、この足で、外を歩いてみたかった。
コンコン、と窓を叩く音がした。ミケが音の方向を見ると、キナコが手招きしている。
窓越しに手を重ねようとしたとき、さっとカーテンが引かれた。視界がふさがる。見上げると、すぐ後ろにママがいる。キナコはさっと逃げ去った。
ママはいまにも唾を吐きそうな視線で、キナコの背中をにらみつける。
そして、急に向き直ると、猫なで声でミケに話しかけてきた。
「ねえミケちゃん。お外ばかり見ないで、こちらにきなさい」
ママは深紅に塗られた指でミケを抱き寄せた。そして、耳元でささやく。
「あんなのと友達になって、病気になったら大変でしょ」
ミケが唯一外出できるのは、病院にいくときだけだった。
家にいても、病気になることはある。病院まで車でわずか五分。そのときだけ、車窓を通して外の景色を眺めることができる。
特別な景色があるわけではない。街路樹とガードレール。その背後に並んでいる、普通の家と小さな商店。
どこにでもあるような風景。それでも、ミケには貴重な五分だった。
病院につくと待合室に入り、診察が終わると真っすぐに家に帰る。ママはどこにも寄らない。たまには違う道でもいいのと思うけど、ママはまるで誰かの視線を避けているかのように、かたくなだった。
ある日、ママが携帯を手に、困った顔をしていた。どうやら妹が沖縄で結婚式を挙げることになったようで、本当は欠席したかったようだけど、妹が強引で押し切られた様子だった。
ママはシングルマザーで、パパはいない。
だから、ママは仕方なく不在の間のミケの世話を、祖母に頼んだ。
ママは電話口でこう叫んでいる。
「家の外に出すなんて絶対にダメ。だからばあちゃんが家にきて。一泊ですぐに帰ってくるから」
おばあちゃんがやってくると、ママはくどくどと念を押してから、家を出ていった。
またいつもと同じ一日が始まる。そう思っていたけど、ママがタクシーに乗って見えなくなると、おばあちゃんはミケの頭を優しくなでた。
「たまにはお外に出たいよね」
ミケは目を輝かせた。
ミケは、おばあちゃんと一緒に公園に出かけた。同じ年齢の仲間たちと遊んだ。いつも窓から様子を見に来てくれた仲間たちだ。もちろん、キナコもいた。
仲間たちと思いっきり遊んだミケが、おばあちゃんのところに戻ってくる。おばあちゃんの横に、ちょこんと腰かけた。
おばあちゃんは、ミケに話しかけた。
「これからおばあちゃんと一緒に生活してみない?」
えっ、とミケは思った。
「実はね、ママには児童虐待の疑いがかかっているの。娘を家に閉じ込めるなんて、酷いって。妹の結婚式を理由に、ママを出かけさせたのもこのためなの」
ミケはおばあちゃんの目をのぞき込む。
「これから自由に外に出られるの? 公園にだって、小学校にだって」
「もちろんだよ、美卦ちゃん」
「嬉しい!」
美卦はひたすら泣き続けた。
おばあちゃんは、苦労が詰まったしわだらけの手で、愛しい孫娘を抱きしめた。
(了)