第18回「小説でもどうぞ」選外佳作 昭和のガラパゴス/山崎こうせい
第18回結果発表
課 題
噂
※応募数273編
選外佳作
「昭和のガラパゴス」
山崎こうせい
「昭和のガラパゴス」
山崎こうせい
パチンコを打ちながら、スマホ片手に地域特化型の匿名掲示板のサイトを眺める。
匿名サイトだから、対面では決して言えないような無礼なことも平気で書き込まれている。それにスレッドが店ごとに分かれているので、この店の客のリアルな心情も分かる。
書き込む奴らは、その内容からして、この店の常連客が殆どのはずだ。サイトでは、客同士の罵り合いのラリーが飛び交い、中には「訴えるぞっ」とわめく奴もいる。まったく、笑える。パチンコやパチスロをやる奴らの民度の低さが分かるってもんだ。俺はいつも嘲笑の眼差しで、このサイトを覗いていた。
書き込みを見ると、「くされ帽子のジッジ」がやたらにディスられている。たぶん、佐々木のじいさんのことだろう。貧相な容姿とドブネズミのような体臭がえげつなく、疎まれて当然だと思うと、ニヤつきが止まらない。
次の書き込みを見ると、髪型や服装などの特徴からして、恵子に違いない。負けると店員を呼んで悪態をつく様子が、面白おかしくディスられている。
次の書き込みに目を移すと、一円パチンコでまったりと過ごす若いカップルを嘲笑う言葉が、トイレの落書きのごとく記されている。平日の昼間から遊び呆ける二人。夜の仕事かもしれないが、リーチに一喜一憂している馬鹿さ加減を見ると、まともに働いてはいないだろう。まあ、そういう俺も、コンビニの平日の夜のシフトで、一日に四時間だけ働く低収入の労働者に過ぎないのだが。
それにしても、このサイトは退屈しない。客同士の誹謗中傷、悪口雑言、罵詈讒謗の数々。そんな噂話のスレッドを高み見物するっていうのは、日ごろのストレス解消と暇つぶしにもってこいだ。実に楽しく愉快な時間を過ごすことが出来る。
おっと、俺の台に熱いリーチがかかった。ポケットにスマホをしまい、かじりつく勢いで画面に集中した。画面が進むに連れて、熱い展開が高まっていく。期待に胸を膨らませ、今度こそと思うのだが、ちいっ、またハズレだ。思わず、台をどついてしまった。
苛立つ気持ちで席を立つと、隣の奴の積み上がったドル箱が疎ましく、蹴飛ばしてやろうかとさえ思ってしまう。ドリンクを買い休憩室のソファに身を沈め、またスマホを取り出した。こんなときは、こいつに限る。晒し者のピエロを笑ってやるか。俺は他人の悪口を楽しむ、剝き出しの好奇心でサイトを開いた。
「二三三番台を打っている、大ハマリでイライラのおっさん。いい歳こいて、茶髪にサングラスのカッコつけ。若作りが気の毒で見てらんねえ。昭和のガラパゴスだ!」
これは……、台の番号からして、俺のことだ。誰だ、これを書いたのはっ。俺は怒りに震え、すぐに自分の台に戻った。台から周りを見回したが、どの客も自分の台に夢中で、俺を見る者などいやしない。でもこの店の中に、書き込んだ奴が必ずいるはずだ。店内をドカドカと歩き回り、一人ひとりの客の様子を伺ったが、それらしき奴は見当たらない。どいつもこいつも、自分の台にへばりついている。
いきり立つ気持ちでまたサイトを見ると、
「ガラパゴス、犯人探しに必至。草生える」
と言う言葉が、赤の大文字で踊っている。俺はまた自分の台に戻り、血走った目で周りを見回した。すると、佐々木のじいさんと目が合った。微かな笑いを浮かべている。
大股で進み、佐々木の後ろに立つと、怯える奴の胸ぐらを掴んで、「おまえだな。俺のことを書き込んだのはっ」と睨むと、店員がすぐに駆けつけて来た。
佐々木が「なんやねん、この人は」と店員に訴えるので、「サイトに俺の悪口を書き込んだだろ。それが証拠に、さっき、俺を見て笑ったじゃねえかっ」と怒鳴ると、「サイト? スマホ持ってないねん。それに笑ったのは挨拶の愛想笑いや」と言って店員にすがる。俺は二人の店員に両側から腕を掴まれ、事務室に来るように促された。
カウンターの奥の事務室に入ると、店内を映し出す複数のモニターをバックに、相撲取りのような恰幅のいい大男が、店長と記されたネームプレートを下げて仁王立ちしていた。
「トラブルを起こすようなら、出入り禁止にしますよ」
威圧的な厳めしい顔で俺を見下げる。
「すみません。もう、しません」
大男を見上げながら、俺はあっさりと白旗を上げた。しばしの沈黙の後、店内に戻るように言われ、ドアノブに手をかけた、そのとき、背中越しに、吐き捨てるような店長の声が聞えた。
「昭和のガラパゴス野郎っ」
おまえだったのか? でも確証はない。俺はうつむきながら、拳を震わすばかりだった。
(了)