第19回「小説でもどうぞ」佳作 隣の客は 湯崎涼仁
第19回結果発表
課 題
もの食う話
※応募数276編
隣の客は
湯崎涼仁
湯崎涼仁
『今日何を食おうか』
誰しもが一日のうちに何度も自問するが、俺にとっては必ずしも自問ではない。これは10万人以上の登録者がいる俺の動画チャンネルの名前だ。外回りのセールスマンをしながらこのチャンネルを立ち上げたのが三年前。おかわり自由の定食屋の情報を同僚に教えたら妙に感謝されたのがきっかけだ。
小さい頃から、食い物にはこだわりがあった。せっかくカネを払うなら、なるべく安くなるべく旨いものを食いたい。キラキラしたレストランで一食二千円のランチを食うような連中はうちのチャンネルの登録者にはいない。コスパが全てだ。店が多少汚かろうが、接客が悪かろうが、そんなものは二の次だ。場所も駅から遠い辺鄙なところのほうがいい。場所代が高ければそのぶんメシも高くなる。バイトの数も最小限で、夫婦で経営しているような定食屋が好ましい。
近頃は会社を辞めて動画に専念し始めた。そうなってくると、他人がどうやってメシを食うかも気になってくる。その日、動画の編集作業に区切りをつけ、昼飯を食いに馴染みの定食屋に行くと、隣の客が生姜焼き定食を食っているのが目についた。なるほど、生姜焼き定食か。たしかにこの店のやつは旨い。しかし、原価の面で考えるとカキフライ定食を頼むべきだ。俺は店のおかみさんをつかまえると、迷わずカキフライ定食を頼んだ。すると、カウンターで大将が衣のついたぷりぷりの牡蠣をジュウジュウ揚げ始める。
この値段でこの大きさ、この鮮度の牡蠣を食わす店はちょっと他に思いつかない。タルタルソースを追加で頼むと五十円かかるが、ソース、マヨネーズは無料。ごはん大盛りも無料だ。だからこの店ではカキフライ定食、ご飯大盛りでソースとマヨネーズをかけるのが本物の通というわけだ。ふと隣の客を見ると、そいつはスマホに向かって何やら話している。
「あれ、何してるの?」とおかみさんに聞くと、「ゆうちゅうばぁなんだって。あら、そういえばお兄さんと同じね」
店に撮影許可を得て紹介しているなら特に俺のほうから文句を言う筋合いはない。しかし、なんとなく気になって検索してみる。そいつのチャンネルがすぐ見つかった。その名も『コスパめし』。投稿動画を調べると、そいつの動画は俺のチャンネルで紹介した店で埋め尽くされていた。これじゃ営業妨害だ。しかも登録者をどんどん増やしているのも癪に障った。
会計を済ませて帰ろうとするそいつを捕まえ、俺が『今日何を食おうか』を運営している者だ、と名乗ると、そいつはあろうことか満面の笑顔になった。
「あなたが運営していたんですね、そのチャンネル大好きでいつも見てます!」と答え、俺のチャンネルのどこが優れているか
「もちろん自分で一から探すよりもコスパがいいからですよ! 『今日なに』チャンネルさんだけじゃなくて、いろんなチャンネルさんの店を参考にさせてもらってます」
俺は唖然として何も言い返せなくなった。しかも、言うにこと欠いてそいつは去り際に小さな声で言い残した。
「差し出がましいようなんですが、さっきカキフライ定食を召し上がっていましたよね? ここの店は生姜焼きがマストですよ。最近牡蠣の仕入れが変わって味が落ちたのと、生姜焼きの豚肉が三元豚になったんです」
その後、そいつのチャンネルは登録者を伸ばしたが、おれのは伸び悩んだ。再生回数が落ちて収益も落ちていく。悩みながらあの馴染みの定食屋の暖簾をくぐると、おかみさんが俺の顔を見て心配してくれた。
「あらそう。動画のことはわからないけどねぇ」と前置きしたうえでおかみさんはこっそり耳打ちした。「実は最近また仕入れを変えてね。今のおすすめは名古屋コーチンで作った『からあげ定食』なの」
わが意を得たりとはこのことだ。さっそくおかみさんに取材依頼を取り付けると、快諾してくれた。打ち合わせを願い出ると、話は二号店で、ということになった。いつの間にか二号店ができていたことに驚いた。店はかなり繁盛しているらしい。とにかく俺のほうも生き残るためにしっかりやらなければ。食うか食われるか、なら俺は断然食うほうを選ぶ。
(了)