第19回「小説でもどうぞ」佳作 食レポ 大川かつみ
第19回結果発表
課 題
もの食う話
※応募数276編
食レポ
大川かつみ
大川かつみ
昼、俺は、久しぶりに外食しようと近所の中華店に行った。テーブル席につく。ここもいつの間にか机上に設置されたモバイルからメニューを選んで画面をタッチして注文をとるスタイルになっていた。出始めの頃は手間取ったが、今はこの注文スタイルはお手のものである。
塩ラーメンに決め、タッチパネルに触れた。“注文確定”の文字に触れると、今までにない画面が現れた。
“食レポをお願いします”
なんだろうと思いながら“次へ”の文字に触れると、二十人程度の老若男女の顔が分割画面で現れた。
(え、これはリモート会議の画面だ。つまり俺の姿はこの画面上の人々に晒されているのか?)
俺は動揺し、画面上の“取り消し”やら”戻る“の文字を捜したが、見当たらず、いたるところを指で触れても変化がなかった。
「参ったな……」
しばらくすると年配の女性の店員が塩ラーメンを持ってきた。俺はすかさず、
「すみません。なんだか変なところを触ったみたいで」と言ってモバイルを指さした。
「あぁ。食レポですね。画面の皆さんにキチンと伝わるようにお願いしますね」
店員がにこやかに言った。
「私、食レポなんてできませんよ。やったことがない……」
「でも、皆さんにして頂いているのです。ヤラセのレビューが問題になっている昨今、リアルなお客様の生の食レポが多くの方の判断材料になるのです」
店員が毅然と言った。確かにヤラセとか大手チェーンへの忖度が食事アプリでの店の評価で問題になっているというのを聞いたことがある。ならば生中継で一般の人の食レポをユーザーに見てもらおうということなのだろう。
「皆さん、しているのですか?」
「ええ。でないと会計できません」
なんという世の中になったのか。辺りを見回すといたるところで客がモバイル画面に向かって食レポを普通にしている。テレビやネットでよく見ているのだろう。慣れた感じで自然だ。
やるしかない。店員が心配そうにそばにいた。
「し、塩ラーメン、見るからに美味しそうです……」
周りの客がこちらの方をみている。顔が真っ赤になるのが自分でわかった。
「では、まずスープから……」
レンゲで一口すする。
「えーと、とても美味しい……」
店員が小声で(もっと具体的に)と言った。
「あ、えーと、そうですねぇ、えー、塩味でとても美味しいです」
店員が困った顔した。顔から汗が滲み出た。テレビで食リポをやる芸能人が偉大に思えた。
「では麺を食べてみたいと思います……」
一口すする。食べなれた味で特に感想はない。
「えー、美味しいです。うん。美味い」
店員がまた小声で(他には?)と聞いた。仕方なく言葉を絞り出す。
「麺は、えーツルツルとして、メンマは如何にもメンマですし、チャーシューは見た通りやっぱり豚肉です……」
画面モニターの顔が少しずつ消えていった。俺の食リポに呆れ、退出していったのだ。
店員がこっちへ来いという感じで手招きした。何かと思って顔をそちらに向けると、俺の右頬をいきなりビンタした。
「えぇ~⁉ 客ですよ。俺」
「お客でも今は食のレポーターなのよ! あなたのレポートがこの店の今後を決めるの。つまりはあたしの生活も決めるのよ。わかる?」
「はい……」涙がじわっと出てきた。
厨房の奥から料理人もこちらを睨んでいる。
「すみません。もう一度やってみます」
そう言うしかなかった。再びラーメンをすする。涙で塩味が増した。
「えー、麺にスープが絡んでですね、とても塩が、塩が、アハハ、すみません。慣れてなくて……でも、なんというか……とっても美味しいんです。お願いです、信じてください! 本当なんです!」画面に必死に訴えた。
店員が溜め息をついてどこかに行ってしまった。
厨房からチッという舌打ちが聞こえた。
画面上には既に誰もいなかった。
周りの客の誰かが失笑していたようだった。
俺はいたたまれなくなって“会計”の画面を触り、席を立った。支払いをする際、店員が、
「ありがとうございます」と言ったが、目も合わせず冷たかった。俺はただ頭を下げて逃げるように店を出た。
腹が減った。ほとんど食べていないのだ。でも他の飲食店には入る気になれなかった。今頃、どこも同じようなシステムを導入しているに違いない。
コンビニでおにぎりを二つ買い、俺はそばにあった公園で青空の下、気兼ねなくそれを頬張った。
(了)