第19回「小説でもどうぞ」選外佳作 餃子の話 山河東西
第19回結果発表
課 題
もの食う話
※応募数276編
選外佳作
餃子の話 山河東西
餃子の話 山河東西
更衣室で餃子とラーメンの話になり、高本は三十分で十人前食べれば無料になる餃子の店に行こうと私を誘った。店は駅前にある。
私は福祉系の私立大学を卒業して高齢者デイサービス施設「エガオ」に採用された。試験はあったが、作文を書くだけの簡単なものだった。テーマは「理想とする高齢者福祉について」。「エガオ」には大学四年の六月にも実習をさせてもらっていて、施設長にも実習後に直接会って感想をいったことがあった。
高本は私が四月に採用されたとき、同時に臨時職員になった。いわゆる同期のような存在で、更衣室で話をすることが多かった。
高本は四十過ぎで奥さんと子供もいる。臨時職員では大変だろう。でも奥さんの収入が余程いいとかいうことも考えられる。餃子食べ放題に誘われて行く気になったのも、ちょっと高本氏の生活に興味があったからである。
土日も開所している関係で、休日はローテーションで取るようになっていた。高本は私と彼が同時に日曜が休みになる前日の土曜の勤務後に餃子屋に行くことにしてくれた。
利用者の送迎が終わると、駅前の店に行った。黒のジーンズに灰色のポロシャツの高本は、一か月前にも挑戦したが、そのときは九人前の二個目くらいで時間になってしまい、全額支払ったということであった。
「二八〇円かける九で二千五百円くらい払ったよ。もったいないことをした。今日は成功して前の分の代金を取りもどすんだ」
「晩ご飯を家で食べなくていいんですか?」
「大丈夫。食べて帰るから、好きな弁当を買っていいっていってある」
高本の息子は小学二年で、最近よく肉を食べるようになって食費が前よりもかかるようになっている、ご飯と野菜をなるべく食べさせて肉代が安くなるようにしている、ということを餃子が出されるまで一気に話した。私はそんなことはどうでもいいと思いながら、やはり高本がなぜ四十過ぎでデイサービスの仕事をはじめたのかについては聞いてみたいと思った。だが、高本は私にそういうことを聞かれないようにするためか、一方的に自分で話し続けた。
なぜ私を餃子の食べ放題に誘ったのか不思議だった。高本は、最近目が悪くなってきたので調べたところ、食べ過ぎがよくないのと、ブロッコリーやほうれん草、人参などをあまり食べていないのがよくないとわかった、本当はたくさん餃子を食べている場合ではないなどと言って大袈裟に笑った。
カウンターに座っている私たちの前に十人前ずつ餃子が置かれると、あとはひたすら食べるしかなかった。三十分で十人前なので三分で一人前六個を食べないといけない。最後はペースが落ちるかもしれないので、前半の五人前で少し貯金をつくっておく必要がある。高本は何も言わず食べはじめたが、一人前を一分程度で食べ終えた。熱いので冷ましながら食べる必要があるため、三十秒で食べるのは無理である。一気に十人前が置かれたので時間が経つと自然に冷めてくるが、それを待っていたら間に合わない。高本と話す暇もなく食べ続けていると、
「徳野さんもよく食べるねえ。でも若いからいいけど、食べ過ぎには注意した方がいいよ。食べ放題に誘っておいて、食べ過ぎに注意なんて、馬鹿なこといってるんだけど。本当にそうだからさ。まあストレス解消で食べてるんだけど、食べ過ぎは尿管結石とかにもなる原因らしい」
高本は一定のペースで食べ続けている。途中で止まる気配はない。あと五分になった。私は八人前の三個目を噛んでいた。もう間に合わないと思った。高本は残り一個になっていたが、両手を真上に挙げて伸びをし、私が食べるのを眺めている。
「どうしたんですか。時間がないですよ」
「これから仕事をがんばろうというときに申しわけないけど、退職するか決めるためにここへ来たんだ。一応、元坊さんでね。修行をしたはずなのに、怒りっぽくて。坊さんをやめて別の施設の職員をしていたときに怒鳴るのをやめられなかったんだ。高齢の利用者を怒鳴りつける自分に嫌気がさして自分からやめたんだ。そのあと病院清掃の仕事をしていたけど、体がついていかなくてね、この春、福祉の仕事にもどったんだ。でも結局また怒鳴りはじめて。自分に厳しくない利用者と接していると、つい高望みをしてしまうんだな。この一個を食べて十人前を達成したら、潔く退職しようかな。あるいはやめるのをやめる、かな。坊さんは肉をたべちゃいけないのにな」
高本は餃子を口の前で止めた。
(了)