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第20回「小説でもどうぞ」佳作 あこがれの部署 瀬島純樹

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第20回結果発表
課 題

お仕事

※応募数276編
あこがれの部署 
瀬島純樹

 今年の新入りが休憩時間にやってきて、愚痴をこぼすのよ。今の仕事は、一日中、ただ大きな窯に湯を沸かしたり、同じことの繰り返しだけ。どうしても馴染めなくて、いやでしょうがないって。
 先輩だから話を聞いたわよ。もちろん忠告もした。与えられた作業を、仕事として割り切ってやるしかない。
 ところが、あの新入り、あたしを見据えると、声をもらしたの。今度、勇気を出して配置転換を願い出ようと思っていますって。
 呆れたから言ってやった。そんなこと新入りなのに言い出したら問題になるって。
 でも、あいつ、身のほど知らずにさらに言うのよ。ここにも慣れてくると、いろんな仕事があることが分かってきた。それで、もっと自分に合った仕事があるんじゃないかと思ったって。
 それを聞いて、怒鳴って追い返したかったけど、我慢して、しおらしく説教してやった。  
 あんたは考えが甘い、ひとの仕事はよさそうに見えても、似たようなもの、どの部署もつらいのは変わりない。
 あいつの反応には驚いた。そうでしょうかだって。耳を疑った。
 ところがもっと驚いたのは、次の台詞よ。じつは先輩の仕事にあこがれています。それも声を低めて、恥ずかしそうに言うの。
 悪い気はしなかった。へえ、そうなのって言ったの。そのときのあたしは間抜けな表情を浮かべていたと思う。その後が泣かせたね。仕事中も、先輩の仕事に見とれて、つい手が止まってしまって、ボスに叱られますだって。
 ちょっとほだされたけど、先輩面で答えたわ。あなたみたいな新入りに、あたしの仕事がつとまるかって。
 あいつの返事は早かった。即座に、できます、やって見せますだって。顔を紅潮させて叫ぶのよ。
 そんな大きい声を出すと、誰かに聞かれるわよってなだめて、言ってやった。あんたのあこがれている受付ってお仕事は、力んでできるものじゃない。はたから見れば、簡単そうに見えるかもしれないけど、これでけっこうきつい仕事。化粧も厚くして演じなくてはならない。姿かたちはもちろんのこと、受付のスタイルもすべてルール尽くめだから、きゅうくつな仕事。それに、受付にはいろんな人間が来る。国も人種も言葉も違う。相手の事情をくみ取って、ひとりひとりの対応が要求される。 
 あいつは食い入るように話を聞いているのよ。で、ついよけいなことも口走ったわけ。
 この受付の仕事は、前から女の仕事よ、あなたみたいな男の子にできるかな。
 あいつ、むきになって食いついたわ。今は、女だから、男だからという仕事は、ありえません。ここでも同じです。
 まあ、正論だからそこは譲歩しといた。受付の仕事は誰にも同じように、えこひいきのないように接しなければならない。あんたの言うように、女も男もないわね。
 そのときよ、休みの終了を知らせる音が鳴り響いたと思ったら、一通の通達が手元に届いたの。それを読んで一瞬言葉を失ったわ。でもすぐに気を取り直してあいつに伝えた。
「今日から、あんたは受付の担当に異動よ」
「まさか、本当ですか」
「そのまさかよ。さっきの話、誰かに聞かれたのかもしれない」
「そんなことって、あるでしょうか」
「ここではあるわね。とにかく、しばらくはあたしの下で見習い修業よ」
「よろしくお願いします」
「準備を始めて、ほら見てごらん、さっそくお客さんよ」
 ひとりの男がやって来るのが分かった。
「あんたの初仕事よ」
「まかせてください」とあいつは自信ありげに前に出たんだけど、いきなり足がすくんだみたい。
「どうしたの」
「あの男は、向こうで働いていた会社の上司で、ずい分こてんぱんにされました」
「そう、やりにくかったら代わろうか」
「大丈夫です」
 ところがあいつ、男の前に立ちはだかると、なにやら告げて、追い返したのよ。
「なにをやってるの、自分の仕事がわかってないわね」とあたしは怒鳴ったわよ。
「いえ、分かってます」
「それならなぜ追い返すの。いやな奴なら、さっさと渡し賃をむしり取って、三途の川を渡らせて、地獄におくってやればいいのよ」
「あの男には、まだ生き地獄でお仕事してもらいます」
(了)