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第20回「小説でもどうぞ」佳作 ヒーロー殺し 齋藤倫也

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第20回結果発表
課 題

お仕事

※応募数276編
ヒーロー殺し 
齋藤倫也

 殺し屋が部屋に入ってきたのは、老いた詐欺師が、椅子の上に立って天井から下がったロープの輪に首を通そうとしたときだった。
「馬鹿な真似はするな。そこから降りろ」
 殺し屋は、手にした銃を老詐欺師に向けたまま、低い声で言った。
 老詐欺師は、自分の耳を疑った。この男、おれの自殺をとめたいのか? おれのこと、ボスが許してくれたのか? 役者として芽が出そうな矢先に道を踏み外し、詐欺師としてあがいた挙句に逃げ場を失い、自殺を考えるまで落ちぶれたこの老いぼれを? そんなはずはなかった。身内を騙して金を奪ったおれを、あのボスが許すはずがない。所詮、詐欺師としての腕も半端だったのだろう。だったら、なぜ? 老詐欺師は、思い切って聞いてみた。
「……ボスが許してくれたのか?」
「いいや」
「見逃してくれるのか? あんた」
「いいや」
 老詐欺師の頭に、恐ろしい考えが浮かんだ。こいつ、おれをボスのところへ連れていく気だ。そして、死よりも苦しい拷問を受けるのだ。その光景を思い浮かべた老詐欺師は叫んでいた。
「いやだ! おれはどこにも行かないぞ! さあ、撃てよ。いっそひとおもいに殺してくれ!」
「それはできない」
「なんでだよ!」
 殺し屋は、その口調に若干の苛立ちを滲ませつつも、冷静沈着に問いに答えた。
「俺の仕事は、あんたの始末だ。ボスは、裏切者の処刑を俺に命じた。だから、あんたに自分で死なれちゃあ、俺は、仕事をしなかったことになる」
「だったら、四の五の言わずに、さっさとおれを撃てばいいじゃないか!」
「あんたがそれを望むのなら、俺は、あんたの願いを叶えたことになる。それは処刑とは呼ばない。逆に、自分の仕事をしなかった俺が裏切者になっちまう。だから、さっさとその椅子から降りて、命乞いのひとつでもしてくれ」
 老詐欺師は、この男の奇妙な職業倫理観に呆れ、同時に感心すら覚えた。いつの間にか、死ぬ気はすっかり失せ、生きのびるために頭をフル回転させる力がわいてくるのを感じた。
 隣の部屋にある、使ったことのなかった護身用の銃のところまで行ければ、形勢逆転も夢ではない。殺し屋の歪んだ考えを利用して、なんとか口八丁手八丁でチャンスをつかめ。今こそ詐欺師の腕の見せ所なのだ。
 老詐欺師は、首の周りのロープの輪を両手で握りしめたままの姿勢で思考をフル回転させていたが、ふと、殺し屋が、しげしげと自分の顔を見つめているのに気がついた。
「……あんた、キャプテン・ノアだろ?」
 殺し屋が沈黙をやぶった。キャプテン・ノア。その名で呼ばれたのは、四十年ぶりか。
「ああ」
「やっぱりな。ガキの頃、TVで観てたよ。ドラグル星人の総統をやっつける前に終わっちまって残念だ」
「ああ。いろいろあったからな」
「レディ・ノアもきれいだったしな。俺、箱舟号のプラモデル持ってたんだぜ」
「あのドラマにファンがいたとはね。くだらん仕事だったがな」
「そんなこと言わないでくれよ」
 そう言った殺し屋の顔は、少年を思わせた。
 たしかに、あのとき、つまらないガキ向けのクソ芝居などと思わずに、真剣に取り組んでいれば、今とは違う人生を歩んでいたのかも知れない。
「あんた、カッコ良かったよ。そうだ、あの決め台詞、言ってくれよ。ちゃんとポーズもつけて言ってくれないか」
「やってもいいが、そんな物騒なもん向けられてたらなあ」と、老詐欺師は、殺し屋の手にある銃へと、視線をできるだけさりげないふうに走らせた。殺し屋は、黙ったまま少しだけ銃口を下に向けた。それを見た老詐欺師は、ロープを手離し、椅子から降りた。
 今だ。老詐欺師は、背筋をピンとのばし、腰を落として、全身で決めポーズをとった。
「銀河の彼方へ!」そう叫び、本人としては光の速さで踵を返したが、それより一瞬早く、狙いを戻した殺し屋の銃が火を噴き、老詐欺師は、糸の切れたあやつり人形のように、その場にくずおれた。
「悪く思うな。キャプテン・ノアが好きだったのは本当だ」
 胸から流れる血がとまらない。老詐欺師は、力をふりしぼって、殺し屋を見た。
「言ったろう? 死ぬつもりでいる奴を撃つ気はない。結局、あんたは逃げようとしてくれた。礼を言う」
 殺し屋は、そう言い残して去っていった。
 虫の息の老詐欺師の頭に、ある想いがよぎった。
 結局、おれは、役者としても、詐欺師としても、二流、いや、三流だった。いつでもその場しのぎだった。それに引き換え、あの殺し屋は、自分の仕事に真剣に取り組んで、務めを果たすチャンスをじっと待ち、逃がすことがなかった。あいつは、一流の仕事師だ。
 そして、床に倒れた老詐欺師の瞳から光が消えた。
(了)