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第20回「小説でもどうぞ」佳作 依頼の仕事 ミント

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第20回結果発表
課 題

お仕事

※応募数276編
依頼の仕事 
ミント

 寝る前のひと時、ベッドに入りながら読書をするのが日課の一つであった。窓から見える外は、たまに聞こえる歩く音や人の声、車の走る音など。日中とは違った雰囲気に「また明日、頑張ろう」と思えるような時間でもあり、寝る前の楽しみでもあった。
 今夜の寝る前のお供は推理小説にしよう。そう思って本棚から選んだのは一冊の文庫本。推理小説でも殺し屋が出る話だが、ページの厚さはそこまででもない。前に読んだことがあるので、もし途中で寝てしまっても結末は知っているから気になるほどでもない。読むのに夢中になっても数時間もあれば終わるだろう。手元に灯りを点け、読書のひと時を楽しむ。
 夢中になりながらしばらく読んでいたらスマホが鳴り出した。スマホ画面を見るとメールが届いたらしく、件名は……依頼。内容を確認すると緊急の殺しの依頼だ。
 やれやれ。寝る前のひと時の楽しみが奪われ、気分はちょっと不機嫌になる。とは言え、仕事となると仕方がないし、殺しの依頼に差し出された報酬の内容は私にとって魅力的だった。これを逃す手はないだろう。寝る前だったこともあってパジャマの格好だったが、このまま行動をすることにした。
 依頼の現場はここから近いし、時期的にもこの格好で問題はないだろう。それにこの依頼ならすぐに片付くはずだろうから着替える必要もない。そう思いながらベッドを降りようとしたらまたメールの着信音。
 緊急と言うだけあってか、依頼人から何度もメールが届く。一通だけでも分かったよと思いながらも依頼人は早く殺して欲しいらしく、何通も届き、着信音は止まりそうにない。私が現場に着くまでメールが止まらないかもしれないな。
 とは言え、待て待て。素手のままで対応するのは、私としても嫌だからな。多少の準備が必要なんだよ。それが終われば、すぐに退治してやるよ。そう返事をしたが、殺しの相手を見るのも嫌だし、相手は近くにいるので早く殺して欲しいとのこと。この様子だと多分、私の返事は見てないのかもしれない。
 メールを確認しながら二階に上がる。依頼の現場は近いこともあって歩いてすぐだ。今夜は夏といってもいつもより少し涼しいな。でもエアコンがないと困るが、昨日よりは過ごしやすいだろう。そんなことを思いながら依頼人がいる部屋に行く。
 声をかけながらドアを叩こうとしたら勢いよくドアが開いた。そして中から女性が出てきて私に言う。
「遅い! なんで早く来てくれないの」
 メールを出したと思われる依頼人が私に抱き着きながら文句を言いだした。
「いや、素手ではさすがに嫌なので準備を」
 言葉を遮りながら依頼人は「どうでもいいから早くどうにかしてよ」そう言ったと思ったら私を部屋に押し込む。
 この部屋のどこかにいる奴を探して殺してほしいのだろうが、パッと見ではどこにいるのか分からない。私が来る前にどこかに隠れたのだろう。部屋の外にいる依頼人に「なぁ、奴はどこにいるんだ」そう聞いたが、相手を見たくもないので、最後に見た場所は分からないと言う。
 仕方がないので探して殺すことにしたが、相手は素早く、それも小さいこともあって探すとなると大変だ。返事をしてくれれば、楽だが、さすがに殺されると分かって返事をする奴はいないだろうし、そもそも奴が返事をしたら私もちょっと嫌だな。そう思いながら奴がいそうな場所を探すことにした。
 あまり部屋の中を引っ掻き回すと依頼人に怒られるし、そうなってしまったら今回の報酬がなくなってしまう可能性がある。いつもより良い報酬がなくなってしまうのはもったいないからな。ちょっと難しい依頼ではあるが、素早く終わらせよう。
「……終わったぞ」
 奴を退治し、ドアを開ける。
「本当に? 本当にいないのね?」
 外で待っていた依頼人に私は言った。
「千佳、お前な。いい加減に一人でゴキブリ退治できるようになったらどうだ」
「いや、見たくもないし、近寄りたくもない。そもそも名前だって言いたくないもん」
 娘からの夜のゴキブリ退治の依頼メールに呆れつつ言う。
「それにパパが退治してくれるのなら良いでしょ。美味しい? 私が作ったケーキ」
 そう笑顔で言う娘に呆れながらもゴキブリ退治の依頼、報酬の手作りケーキを頬張りながら美味しいひと時を楽しむことにした。
(了)