第20回「小説でもどうぞ」選外佳作 お母さんごっこ 山本岬
第20回結果発表
課 題
お仕事
※応募数276編
選外佳作
お母さんごっこ 山本岬
お母さんごっこ 山本岬
ともちゃんとかっちゃんの最近の定番の遊びは「お母さんごっこ」だ。
お母さんごっこは、いわゆるままごとで、どちらかがお母さん役、もう一人は子ども役になって遊ぶ遊びで、たいていはお母さんが主役になる。
「ともちゃんがお母さんね。かっちゃんはここに座って」
どちらがお母さんになるかを決めるのは、いつも勝ち気で活発なともちゃんだ。
「はい、ごはんです。食べて」
ともちゃんがかっちゃんにおもちゃの茶わんとフォークを渡す。
「もぐもぐ」
かっちゃんは素直に食べるふりをする。
「お母さんも食べるね。もぐもぐ。おいしーい」
ともちゃんも食べるふりをしながら、次の展開を考えている。
「かっちゃん、おかわりは?」
おっとりした性格のかっちゃんは茶わんを持ったまま固まる。その茶わんの中に、すかさずともちゃんがおもちゃのニンジンを入れる。
「ニンジン残しちゃいけないよ」
かっちゃんが茶わんの中のニンジンを見つめてじっとしていると、ともちゃんが突然すくっと立ち上がった。
「かっちゃん! お母さん、パートのお仕事に行くからお片付けしてて。じゃあね」
かっちゃん一人を残して、ともちゃんは部屋から出ていった。かっちゃんはまだ茶わんを持って呆然と座ったままだ。
ともちゃんは廊下を一往復して部屋に戻った。
「かっちゃん、どうしてお片付けしてないの?」
かっちゃんの手から茶わんをひったくって、別の茶わんと重ねていく。
「もう、ちゃんとお片付けしてよ!」
なぜかともちゃんの口調は厳しい。
「今度はかっちゃんがお母さんね。ともちゃんはお父さん」
ともちゃんが役柄の変更を宣言した。
「お母さん、コーヒーちょうだい」
かっちゃんはともちゃんにおもちゃのマグカップを手渡した。
「はい、コーヒー」
「お父さんは今日はお家でお仕事するから静かにしてね」
「うん」
「お母さんはパートのお仕事、行かないの?」
「うん」
「お仕事行って」
「う、うん」
かっちゃんは追い出されるように部屋から出て行った。
「ふー」
ともちゃんはため息をついて、マグカップからコーヒーを飲む真似をした。
「ふー」
もう一度ため息をついた。かっちゃんは戻ってこない。
「お母さん、もう帰ってきて!」
ともちゃんは声を張り上げたが返事がない。
「もう。かっちゃん! もう、こっちに来てよ」
ともちゃんはかっちゃんを呼びに廊下に出たが、そこにかっちゃんの姿はなかった。
次の日、かっちゃんは折り紙で作った財布の中にお母さんが作ってくれた紙のお金を二枚持ってともちゃんのところへやってきた。
「お仕事したからお金もらったの」
かっちゃんは微笑んで、手作りのお金をともちゃんに差し出した。
「お買い物ごっこしよう」
今日はかっちゃんが先導する。実は昨日のうちにかっちゃんはママと二人でお買い物ごっこをしたから、やり方がわかっているのだ。
ともちゃんとかっちゃんの二人はリビングにいるともちゃんのおばあちゃんのところへおもちゃのお金を持っていった。
「これで買いたいです」
かっちゃんが言うと、おばあちゃんはお金とみかんを交換してくれた。
次はともちゃんのママのところへ行き、
「買いたいです」と言ってお金を出した。ともちゃんのママは二人を椅子に座らせると、麦茶を二杯持って来てくれた。
「はい、どうぞ」
ともちゃんのママはそう言ってお金を受け取った。折り紙の財布は空っぽになった。
二人は麦茶を飲みながら「またお仕事に行かなくちゃね」と顔を見合わせた。
(了)