公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第20回「小説でもどうぞ」選外佳作 おいしい仕事 葉月鹿子

タグ
作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第20回結果発表
課 題

お仕事

※応募数276編
選外佳作 
おいしい仕事 葉月鹿子

 男は穴を掘っていた。先日、仕事先の喫煙所で先輩にこんな話を持ちかけられた。
「いい仕事があるんだ。俺の知り合いから頼まれたんだけどさ、山に行って穴をひとつ掘るんだ。それだけで二十万くれるんだってよ」
 男は眉をひそめた。
「そんなおいしい仕事あるわけないでしょ。なんかヤバそうじゃないすか」
 死体埋める穴でも掘らされるんすか、と冗談を言うと先輩の顔が少し引きつったような気がした。
「んなわけねーだろ。実はもう引き受けてあるんだ。一緒に来てくれよ。頼む。二十万山分けしようぜ」
 そして今に至る。もう日も暮れるのに車で山に連れてこられ、男は先輩に言われた箇所でこうして穴を掘っている。先輩には金がないときにいつも飯をおごってもらった恩があるので断るわけにはいかなかった。男は考えていた。何を埋める穴なのか、なぜ先輩はこんな怪しい仕事を引き受けたのか……。穴は大体縦横二メートル、深さ一・五メートルくらいを掘るという。意外にも土が柔らかく、作業は思っていたより楽だった。
「こんなもんだろ、ちょっと俺、お花摘みに行ってくるわ」
 穴を掘り終え、先輩はシャベルを放り投げると茂みの奥へ消えていった。
 あたりはもう薄暗かった。男は穴をじっと見つめた。もしかして、もしかするかもしれないと思った。もう十五分ほどたつのに先輩はまだ戻ってこない。
「おっせーな。何がお花摘みだよ。ウンコ野郎じゃねえか」
 男がそう呟いたときだった。
「何をしてるんだ」
 怒鳴り声と共に背後から老人が現れた。老人は髪と髭をぼうぼうに生やし、着ている服もボロボロで不気味そのものだった。男はうわあああ、と驚いてのけぞったはずみで派手に尻もちをついた。
「何をしている。ここはわしの土地だぞ」
「あの、あの、ごめんなさい、ごめんなさい。ただ人に頼まれて」
 声を震わせる男の近くに穴とシャベルを見つけた老人はさらに詰め寄った。
「なんだこの穴は! お前がやったのか、最近ここいらにゴミを不法投棄していくのはお前の仕業か!」
 老人は男に掴みかかった。小柄だったものの、思いのほか力が強かった。
「やめてください! 違うんです、ごめんなさいごめんなさい」
 男は謝りながら必死で抵抗し、老人を突き飛ばした。老人はそのままよろけて仰向けに倒れこんだ。そのままピクリとも動かない。男が肩をゆすっても目を閉じたままだった。
「えっ、嘘でしょ、ちょっと!」
 パニックになって大声で叫んでいると、先輩が戻ってきた。
「おい、どうしたんだよ。えっ、誰?」
 男と老人を見比べて驚いている先輩に状況を説明した。先輩はとっさに老人の胸に耳を当てた。
「やばいやばい、死んでる」
「そんな」
 先輩は先ほど掘った穴に目をやり、決心したように言った。
「ここに埋めちまおう」
「何言ってんですか、警察呼ばないと」
 男がスマホを取り出すと先輩はそれを制した。
「お前やっとピンで売れて来たのに、今までの苦労が全部ダメになるんだぞ」
「そんなこと言ったってできません。それに先輩の知り合いの人にはなんて言うんですか」
「なんとかごまかす。俺の言うとおりにしろ、お前は足を持て」
 先輩に説得されて男は泣き声を上げながら老人を穴まで運んだ。そして上から土をかけていったのだった。

 一か月後、男はテレビを見つめていた。
 喫煙所での会話、車の中、山での自分の様子が映し出されていた。穴を掘り、先輩に悪態をつき、老人の登場に驚き尻もちをついている。老人と揉み合い、泣きながら土をかけたところで老人が嬉々として蘇り、安心して号泣する自分の間抜け面。先輩は大成功とピースをしている。その映像をスタジオで観ているタレントも観客も大爆笑していた。これはおいしい仕事だったな。男は満足そうに煙草を取り出し、火をつけた。
(了)