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第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」最優秀賞 魔法詐欺師にご注意を

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第5回結果発表
課 題

魔法

※応募数250編
「魔法詐欺師にご注意を」
白浜釘之

『魔法詐欺に注意を』
 パソコン画面を開くといつものように注意喚起の文字が現れる。
 今流行はやりりの魔法による夢を叶える詐欺に引っかからないようにという警告メッセージだ。
 いきなり携帯電話に友人や恋人、または会社の名前で電話がかかってくる。あるいは道で知り合いにいきなり声を掛けられる。
 こちらとしては何か用事があるのではないかと思い、電話に出たり振り返ったりする。
 すると全く聞き覚えのない声で、
「魔法であなたの夢を何でも一つだけ叶えてあげますよ」と話しかけられるのだそうだ。
 もちろん、そんな電話などすぐに切ってしまえばいいのだが、まるで催眠術にかかったようになり、何か願いを一つ口にするまでは話を終えることができないらしい。
 それで願いを口に出すと電話が切れ、すぐにその願いが叶えられる。ただその願いの叶え方に問題があるのだ。
 例えばある人は「三億円が欲しい」と願ったそうだ。もちろん本当に叶うとは思っていなかっただろう。
 しかし電話を切った瞬間、三千万枚の十円玉がいきなり頭上から降ってきて、その人は十円玉に埋もれて亡くなったそうだ。
 この時はちょっとしたニュースになった。何しろ住宅街の一角に突如として三千万枚の十円玉が現れたのだ。結局、原因不明のまま、その十円玉は証拠品として押収されたという。
 また、別の人は「国家予算並みの金額」を要求したら、経済破綻寸前の国の赤字国債分の借金を背負わされ、過去最高額の自己破産金額になったと、これもネットニュースの話題になっていた。
「好きなアイドルと結婚したい」と言った若い男性もいたようだ。たしかに電話を切った瞬間になぜか婚姻届が受理され、彼が望んだように形式上は結婚することができた。   
 だが相手の了承を得ていないうえに、当のアイドルが書いた覚えのない署名がなされているということで公文書偽造の罪で逮捕され、また彼女のファンからものすごい数の誹謗ひぼう中傷を受け、彼は精神を病んでしまったらしい。
 こうした公のニュースになった事例は、「一生遊んで暮らせるだけの金が欲しい」と願ったら、一円硬貨を渡され、それを手に取るとコイントスがしたくてたまらなくなり、寝食を忘れて一週間ぶっ通しで夢中で遊び続け、最後には心臓麻痺まひで死んでしまった――――たしかにその後の一生を遊んで暮らした――男の話や、不老不死を願ったら原因不明の病にかかり、昏睡状態に陥ったままの――理論上はほとんど年を取らず、死ぬこともないらしい――女性の話など、警告メッセージをクリックすると様々な失敗談を読むことができた。
 そして最後に「魔法とは『悪魔の方法』という意味です。悪魔の誘惑に負け、詐欺に引っかからないようにしましょう……」と結ばれていた。
 しかし、これは厳密には詐欺とはいえないだろう。何しろ、一応願いは叶えられているのだ。ただ、おそらくはわざと願い事が曲解されてしまって悲劇的な結果になったに過ぎない。
 そこで僕は考えた。何とかしてこの魔法詐欺師を出し抜いてやりたい。そして働きもせずただ毎日家に引きこもってネットばかりやっている自分自身を変えてやりたいと。
 いろいろ調べたのだが、ようするに自分のことだけを考えて金や地位などを要求するのはダメだ。今まで詐欺にあった人々はすべてそのパターンだ。
 ではどうするか?
 僕はたった今電話口の向こうの魔法で何でも叶えると言った人物にこう言ってやった。
「世界中の人々がニコニコ笑って幸せに暮らせますように」
「わかりました」
 電話の向こうの人物はかすかにわらったようだった。まさか失敗したのだろうか。全人類が幸せに暮らせるユートピアを願ったのに。
 隣の部屋から大きな物音がする。ガラスの割れる音、ベランダに誰かが飛び出す音。
 慌ててベランダに出て隣をのぞき込む。隣のベランダでは若い夫婦が血まみれで殴り合っていた。驚いたことに二人とも顔には笑みを浮かべていた。まるで殴り合うのが楽しくて仕方がないといった表情だ。いつもは薄い壁越しに怒声が聞こえていたはずなのに。
 ぞっとして町を見渡してみると、あちこちから火の手が上がっていた。パソコン画面をテレビに切り替える。ニュースキャスターは楽しげに大国が突如ミサイルを乱射し始めたことを伝える。
 どうやら世界はひどいことになっているようだ。だけど僕はもう仕事や世間の目を気にすることなく暮らせるんだ。楽しくて笑いが止まらなくなる。僕はどうやら魔法詐欺師を出し抜くことに成功した最初の、そしておそらくは最後の人間になったらしい。
(了)