第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 きくらげ草の花言葉/味噌醤一郎
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
「きくらげ草の花言葉」
味噌醤一郎
味噌醤一郎
ふああ、よく寝た。腹減った。
時計を見ると午後四時過ぎ。毎週土曜日はこんなもん。五日間身を粉にして働いたんだ。三十路直前の体はこんぐらい寝ないと回復しない。カーテンの隙間から外を見ると年末の日は短い。こりゃまたきれいな夕焼け。
あたしはベッドから出るとジャージを脱いで、昨夜寝際に外して部屋の隅にぶん投げたブラジャーを拾ってつけた。まるで逆回転動画みたいだ。
ひとまず、ハッピータイムが終わる前に行きつけの居酒屋「だるまや」へ急がねばね。
そんなわけで、化粧ってのか何なのか顔に落書きして、とりあえずの服装でいつもの「だるまや」。ドリンクが半額になる7七時までのハッピータイムに間に合わせ、中に入ると、私は一本指を突き出したおひとり様ポーズで、カウンターに案内されたのだ。
隣の若い男の客の背中は訳アリらしかった。ポットに入った手提げビニール入りのきくらげ草を瓶ビールの横に置いて眺めながら、蠣ポンをつまんでいる。でも、きくらげ草はこんな風に眺める花ではない。シクラメンの変異種だが、よいイメージはそんなにない。黒い花びらのきくらげ草の花言葉は、不燃ごみ。
席に着いたあたしは、見てはならないと思いつつも、隣の客の顔をうかがうと、あ。
「三上じゃん」
「あ。涼子」
「どうした? いつぶり? なんでここに? どうしてきくらげ草?」
「いっぺんに聞くな。どれから答える?」
「きくらげ草」
「振られたんだよ、さっき」
「もらっちゃったのか? 彼女に」
「そ」
ちと頼りない感じのこいつ、三上はあたしの元カレだ。大学時代に付き合い始めて、就職してもしばらくは会っていた。好きな人ができたので別れてほしいと言われ別れたのだ。まあ、恋は契約ではない。一緒にいることを契約にしたいなら、別の方法がある。未練はあったけれど、あたしは潔く三上と別れ、でも、それっきり男っ気なしで所謂結婚適齢期。
それで一時間後、三上はあたしの部屋にいた。日本酒の瓶に、焼酎の瓶、適当なコンビニおつまみ、それときくらげ草を前に、あたしたちは
「なんで三上、あたしのオアシス『だるまや』にいた? やけになってあたしを探した?」
「んなことするかよ。初めて入ったんだ。涼子、引っ越したんだな。今ここに住んでんだ」
「三上を振った彼女って、あたしと別れた後に付き合い始めた娘か?」
「ああ。でも、飽きられたみたいだな」
「三上、きくらげ草の花言葉、知ってる?」
「知ってる。不燃ごみ。当人に言われた」
二人の心の温度差がひりひりするなあ。
「ね。食っちまおうよ、三上、これ」
「え?」
「きくらげ草の花んとこって、食えるんだ。こりこりしておいしい。あたし、やるよ」
って台所に立って、あたし調理する。きくらげ草の花をむしり、溶いた卵と混ぜ、油をひいたフライパンに、じゅう。
「へえ。すげえ」
なんて言いながら、三上、食べてくれる。
「うまいね、これ。歯ごたえがいい」
あたしだってつまんじゃう。上出来だ。なかなかおいしい。
「ううん」
「どした? 三上」
「今思った。俺、なんで涼子と別れちゃったのかなって」
「ああ」
「急に涼子がいとおしく」
「そ」
「料理の魔法か?」
「そうだね。魔法」
魔法なんかじゃないんだよ、三上。きくらげ草の可食部分には催淫効果がある。
「涼子。そっち、行っていい?」
「いいよ」
炬燵のあたしの隣に無理やり足をねじ込んできた三上は、それで突然あたしを押し倒したのだった。カモンベイベー、ベリーウェルカム。あたしはうれしい。
きくらげ草のもう一つの花言葉は、リサイクル。リサイクルでもいいものはいい。
あたしのシャツを脱がした三上、ブラジャーを取るのに苦労してる。ホックはそこじゃないんじゃ。あたしは、自分でフロントホックを外すと、ブラジャーを部屋の隅にぶん投げた。
外してつけてまた外し。
逆回転したシーンはまた、巻き戻されて再生されたのだ。
(了)