第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 幸せの黄色い財布/樺島ざくろ
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
「幸せの黄色い財布」
樺島ざくろ
樺島ざくろ
夫の形見の財布から、ひょっこり三万円が出てきた。おかしいな。お金なんて、入ってなかったのに。
首をかしげながら、私はその黄色い長財布を眺めた。昔、夫が通販で買った開運グッズ。たしか二千九百八十円だったはず。招き猫と龍とフクロウと四葉のクローバーの絵が付いていて、打ち出の小槌と馬蹄のチャームが揺れている。ラッキーモチーフてんこ盛りだ。
夫が病気で亡くなって三年。以来、ずっと引き出しに入れていた。それなのになぜかふっと気になって、取り出してみたら三万円が入ってたというわけ。本当に不思議。
とはいえ、今の私にはとてもありがたい。明日は、ひとり息子の優太の誕生日。それなのにプレゼントどころか、今月をどう乗り切ろうか頭を悩ませていたところだから。
ラッキー! 日ごろの行いがいいせいかな。
そう考えていた矢先、電話が鳴った。知らない番号からだった。
「お忙しいところ失礼いたします。私、『開運本舗』のスエヒロと申します。ご主人様には生前、大変ごひいきにしていただきました。本日はお手元の、『願いが叶う魔法の財布/ハッピーイエロー』の件でご連絡いたしました」
え。どうして今、財布を持ってるって知ってるの? 私はゾッとした。
どこかから見てるの? それとも隠しカメラ? やだ、警察に通報したほうがいいかな。
「いえいえ、驚かせて申し訳ございません。奥様の思念を読ませていただいただけでございます。いわゆる魔法で」
なに言ってんの、この人。って、あれ? 私、声に出してしゃべってたっけ?
思わず息を飲む。
「ご理解いただき光栄です。弊社は人間様向けの魔法道具専門店でして、開運グッズに見立てた魔具に、願いをためる魔法をかけて加工・販売しております。まあ、願いごとの貯金箱のようなものですかね」
スエヒロ氏は、とうとうと話し続ける。
「それぞれの商品は、規定期間に規定量まで願いがたまりますと、さりげなく願いが叶うしくみです。そちらのお財布は金運と幸せを願うタイプでして、このたび満期となりましたので三万円を入金させていただきました」
満期? なんか保険みたい。
「そう、まさに保険! 魔法と保険はよく似ております。杖をひと振りしてハイおしまいって、あれはおとぎ話の中だけ。実際は願いの強さ×願う時間の長さが魔法の力になるのです。高い保険料を長く払い続ければ、大きな保障になりますね。それと同じです」
ん? ということはもっと高いお財布だったら、もっとお金をもらえたってこと?
「はい。その場合、必要な願いの量も相応に大きくなりますが。でも人間の方は、ひとつのことを願い続けるのがけっこう苦手なものなのです。願いごとが多いし、変わりやすいので、なかなか規定量に到達しないんですよ」
ふうん、そうなんだ。あれ、そもそもどうして今、満期になったんだ? だってあの人、とっくに亡くなっているのに。
「……」
それまで話し続けていたスエヒロ氏は初めて言葉を切って、優しい声で言った。
「願い続けていらっしゃるのです」
え?
「ご主人様は、ご家族の幸せを願い続けているのですよ。ここではない場所で、今でも」
うそ。だって、そんな。
夫の笑顔を思い出し、涙がこぼれる。
そうなの? ずっと祈っててくれたの? 私、泣いてばっかりだったもんね、心配かけたよね。ごめん。ありがとう。
「ご主人様ほど願いが強く純粋な方でしたら、あるいは弊社の最高級ランクの開運グッズでも使いこなせたのではないかと」
いらない。
「はい?」
いりません。いいんです、もっといいものをもらっちゃったから。
スエヒロさん、ありがとう。ご連絡いただかなかったら、なにも知らずに使い切るところだったわ。大切に使います。
「そう言っていただけると、お電話した甲斐があります。通常はこういったご連絡はしないものなのですが、どうしてもお伝えしておきたくて。では、私はこれにて。皆様のご多幸を、心よりお祈り申しあげております」
結局、私がひとことも発しないまま電話は切れた。
「ママー、お電話だれからだった?」
優太が自分の部屋から顔を出して聞いた。
「パパのお友だちよ。ねえ優太、明日はゲームを買いに行こう。パパからのプレゼントなの。それから帰りにお寿司でも食べようか」
「え、いいの? やったー!」
おーい、あなたぁ。見える? 優太、こんなに喜んでるよ。
私、がんばるからね。会えないのは淋しいけれど、元気が出たよ。今、すごく幸せだ。
この幸せはたぶん、一生続く魔法だね。
(了)