第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 魔女の微笑み/織戸薫
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
選外佳作
魔女の微笑み
織戸薫
魔女の微笑み
織戸薫
「さあ、今からお前に魔法をかけてやるぞ!」
いきなりわたしの部屋に入って来た女が、大声で叫んだ。
「なんだって? お前は誰だ?」
わたしは驚いて言った。
その女は、黒服の上下に黒いマフラー姿で、頭には黒い三角柱の帽子を被っていた。全身黒ずくめの異様ないでたちをしていたのだ。
「わたしは、魔女よ」
女は微笑みながら言った。
「お前は、身動きできなくなるのだ! えいっ!」
叫んだ魔女は、わたしに向かって人差し指を突き立てた。
「うわっ!」
わたしは激しい衝撃を受けて、全身が不意に固まってしまった。わたしは堪らず、ソファーに崩れ落ちた。
「お前の身体を切ってあげるよ」
魔女は手にしていたバッグの中身を床にぶちまけた。大きな注射器とナイフが転がった。
「な、なんで、そんなことをするのだ?」
わたしは、恐怖で顔が引きつった。
「わたしは魔女だから、人間の生き胆を食べるのよ」
(何だって!)
「そんなことをしたら、わたしは死んでしまうじゃあないか!」
「大丈夫よ。魔法で、生き返らせてあげるわ」
(良かった)
わたしは、安堵の吐息を吐いた。
「そして、毎日生き胆を食べるのよ」
(この女は、可愛い顔をしているのに、どうしてこんな残酷なことが言えるのだろうか? それも、冗談じゃあなくて、本気で言っている)
魔女は、転がった注射器を手にした。
「うわっ! お願いだ、止めてくれ!」
わたしは、魔女に哀願した。
「切っても痛くないように、最初に注射をしてあげるのよ」
再び微笑んだ魔女は、わたしの右腕に注射針を突き立てた。
「うわっ! うわっ!」
わたしは、無様に叫び声をあげることしかできなかった。
その時、魔女に呼びかける声が聞こえた。
「ちょっと待って。今、忙しいの」
魔女は、不機嫌な声で応じた。
(どうやら、隣の部屋には、魔女の仲間がいるようだ)
「ちょっと時間がないから、急ぐわね」
そう言うなり、魔女は、わたしの胸にナイフを突き立てた。
「ぐわっ!」
「おおげさねえ。注射をしたから、痛くないでしょう?」
確かに、痛くはない。痛くはないが、しかし、ナイフを突き立てられていることには変わりがない。
「えいっ!」
魔女は叫ぶと、胸に突き立てたナイフを、一気に腹まで切り下げた。
(だめだ。もう、限界だ。これ以上我慢できない)
「待って、ストップ、ストップ」
わたしは、身を起こした。
「パパ、動いちゃあ駄目じゃないの! パパは今、魔法をかけられているのよ!」
魔女が怒って言った。
「ちょっと休憩。パパは、おしっこだよ」
「すぐに帰ってきてよ。言うことを聞かないと、もう遊んであげないからね」
(それは、困る)
「はーい!」
わたしは大きな声で魔女に返事をして、トイレに向かった。
(了)