第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 ぼくの神様/ナラネコ
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
選外佳作
ぼくの神様
ナラネコ
ぼくの神様
ナラネコ
ある朝、ぼくはいつも通りポメラニアン犬のロビンを連れて散歩に出かけた。
公園を歩いていると、草むらの中から、
「おーい。助けてくれい。助けてくれい」
心細げな声が聞こえる。見ると、白い着物を着た男が尻もちをついていた。肩まで伸びた髪を両側に分け、口髭を生やしている。
「おじさん、どうしたの」とぼくは声をかけた。けが人なら助けてあげなくっちゃ。
「油断して雲から足を踏み外してしまったんじゃよ。それに落ちたときに大切な杖をなくしてしまった。このままでは天に帰れん」
なんだか変なおじさんだ。とにかく、杖をなくして困っていることはたしかだ。
「ロビン、おじさんの杖をさがしておいで」
ロビンは賢い犬だ。草むらの中を走り回っていたかと思うと、立ち止まってワンワン鳴いている。見ると立派な杖が落ちていた。
「おじさん、この杖でいいのかな」
「おお、ありがたい。本当に恩にきるよ」
その杖を手に持ったかと思うと、動けなかった体がシャキっとして、男は立ち上がった。
「よかったね。じゃあさよなら」
散歩の続きに行こうとするとその男は、
「ちょっと待った。あんたは良いことをしたのに、願い事をかなえてほしくないのかね」
「願い事なんて別にないよ。それに、どうやってぼくの願い事をかなえてくれるのさ」
「わしは神様じゃ。あんたの願い事をひとつふたつかなえることくらい朝飯前じゃよ」
ぼくはもう一度男を眺めてみた。本物の神様にしては、どことなく頼りない気がする。
「でも、神様なら、どうして雲から足を踏み外すなんてドジなことをするの」
「わしは神様の中でもいちばん出来が悪いので、よく失敗するんじゃよ。この杖がわしの力のもとなんじゃが、今日はあせったわい」
ぼくはなんだかおかしくなってきた。でも悪い人じゃなさそうだし、別にこのおじさんが神様じゃなくても困らない。
「それじゃ、ここにいるロビンをもっと大きく、セントバーナードくらいにしてよ」
「何じゃ。そんなことならお安い御用じゃ」
男が杖を右から左に振ると、ロビンは一瞬でセントバーナードほどの大きさになった。
「すごい。本当にあの人は神様だったんだ」
ふり返ると神様はいない。杖を取り戻したので、雲を呼んで天上に帰ったのだろう。
隣の鈴木さんが、秋田犬のコテツを連れて公園にやってきた。普段のロビンなら、コテツの前で小さくなるところだ。でも今朝は堂々と胸を張っている。鈴木さんもコテツも驚いたような顔でこっちを眺めている。
「こいつはおもしろいや」
ぼくは、大きくなったロビンを連れて、あちこちを散歩してみた。歩いていると、町の人たちの視線がこっちに集まってくる。
「そうか。こんな大きなポメラニアンはいないから、みんなふり向くんだ。困ったぞ」
ぼくはロビンを連れて家に帰ると、すぐに自分の部屋に入った。父さんや母さんにロビンの姿を見せて心配させたくなかったのだ。
「こんなことになるのなら、あんな神様に出会わなきゃよかったんだ」とぼくは思った。
「そうだ。あのとき、神様は願い事の一つや二つと言ってた。もう一つ願いをきいてもらえるなら、ロビンを元に戻してもらえるはずだ」
そう考えたぼくは次の朝、ロビンを連れてもう一度あの公園を通ってみた。
いた。昨日と同じ場所にあの神様が。今日は右手に杖を持って、堂々と立っている。
ぼくが話しかけようとすると神様は、
「言わなくても分かっておるぞ。あんたは欲張った願い事をしたために、困ったことになっておるのじゃろ。よくある話じゃ」
ぼくはさすがに腹が立ってきた。
「ぼくは願い事なんかないって言ってたのに、自分が神様だって言って、願い事を言わせたのはそっちじゃないか。何とかしてよ」
「すまんすまん。それは悪いことをしたのう。じゃあ、元に戻してやるとするか」
神様が今度は左から右に杖を振ると、ロビンはハツカネズミほどの大きさになった。
「小さくなりすぎだ。これじゃあ、猫に食べられちゃうよ」
「すまんすまん。まだ術を完全にマスターしとらんので、ちょいちょい失敗するんじゃ」
神様はその後何回か杖を振り、ロビンはそのたびに大きくなったり小さくなったりを繰り返して、やっと元の大きさに戻った。
「それでは、さらばじゃ」
本当なら、ここで気の利いた教訓の一つでも言い残すところだろうが、そんな余裕もなく、神様は空に消えていった。
ぼくとロビンはまた元の生活に戻った。不思議なことにあの日町で出会った人たちは、ロビンが大きくなっていたことをすっかり忘れているようだ。でも、隣のコテツだけは、あの日から、ロビンの顔を見てもえらそうにすることがなくなったのだった。
(了)