第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 お母さんはきっと魔女/田中へいた
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
選外佳作
お母さんはきっと魔女
田中へいた
お母さんはきっと魔女
田中へいた
お母さんはきっと魔女だ。
だって、いつだって私が目を覚ます前に起こしにくるし、ジュースで汚しちゃったシャツが次の日には真っ白になっているし、私が宿題やってないのを見抜くのだ。
昨日の夜に食べたハンバーグで確信した。
見ちゃったんだ。夕方、お母さんは何か緑色のものを刻んでいて、その夜のハンバーグは、なんていうか、なにかがいつもと違った。
「今日のハンバーグ、なに入ってるの?」
お父さんが聞いた。きっと私と同じ気持ちだったんだと思う。
「肉と、玉ねぎと、あと、パン粉?」
お母さんが答えた。
「ああ。そうか。そうだね」
お父さんはきまり悪そうに黙ってしまった。きっとなにか隠し事があるのだ。私の考えでは、多分、魔法の草を刻んでいれていれたんだと思う。食べると従順になって、大人の言うことをきいてしまう魔法の草だ。
「たくさん食べてね」
ってお母さんが言って、いつもより嬉しそうな顔をした。つい食べすぎて夜中にお腹が痛くなっちゃったけど、きっと魔法の副作用だ。
「お料理教えて」
夕方、台所のお母さんに言った。
「どういう風のふきまわし?」
お母さんが目をまるくした。それから手を洗うように私に言った。真実をつきとめるために、言われたとおりにした。
「じゃあ野菜の皮、むいてもらおうかな?」
プラスチックの板みたいなものをわたされた。先に金属の刃がついている。お母さんが私の手とじゃがいもを手にとって、使い方を教えてくれた。
「手をむいちゃわないように気をつけて」
『手をむいちゃう』! なんて怖いことを言うんだろう。きっと魔女だからだ。刃をジャガイモにあてて、ゆっくりひくと、すーっと皮がむけていった。魔法みたいだ。いや、魔法かもしれない。
ジャガイモの皮をむいている間、とんとん、お母さんは玉ねぎを刻んでいた。ときおり腕で目をぬぐう。目が真っ赤になっていた。
「どうしたの?」
心配で聞いてみる。
「娘が自分から手伝ってくれる日が来るなんて、お母さん嬉しくて泣いちゃう」
笑いながら答えた。嘘だと思った。魔女は怖い。
ジャガイモの次はニンジンの皮をむいた。お母さんはその間、ジャガイモを刻む。ニンジンを渡すと、「もういいよ」と言われた。
困ると思った。魔法を使わないか監視するために手伝っているのだから。
「まだ手伝いたい」
くいさがる。お母さんが困った顔をした。
「でも、もうやってもらうことないしなあ」
仕方がない。うなずいて自分の部屋に戻った。けれど、あきらめる気はない。プランに変更だ。
一度とじた自分の部屋のドアをこっそりあける。つま先立ちで部屋を出た。こっそりこっそり。見つからないように、台所に着いたところで四つん這いになった。
とんとん。お母さんはまだなにかを刻んでいる。そっと体をおこして、あ、と声をあげそうになった。緑色のなにかだ。昨日ハンバーグに入っていたのと同じやつ。
刻んだものをお母さんは両手ですくい上げる。それからコンロにかかった鍋に放り込んだ。蓋をしめて「おいしくなあれ」と言った。
「呪文だな?!」
立ち上がって指差すと、お母さんがびっくりした。
「そんなとこでなにしてるの?」
「お母さん、魔女なんでしょ?!」
「なに?」
「その緑色の草はなに?」
お母さんがはっとした。それから、少しもじもじして言った。
「……ほうれん草」
「母さんが魔女だって!?」
夕ご飯でお父さんが大笑いした。私はすごく恥ずかしかった。緑色の草は私の嫌いなほうれん草で、食べさせるために小さく刻んで入れていたっていうんだ。それが、お母さんの隠し事。つまりお母さんは魔女じゃない。
「ごちそうさま」
私は早めに食べて部屋に戻った。おかわりも二杯しかできなかった。布団にもぐる。はずかしい。魔女だなんて勘違いだったんだ。調査なんてやめだ。これからはお母さんの言うとおりにするんだ。寝坊しないし服も汚さないし宿題だってさぼらない。ぜんぶお母さんの言うことを聞く。お腹が痛くなってきた。
「いい子になあれ」
ドアの方でお母さんの声がした、気がする。ううん、きっと気のせいだ。
(了)