第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 魔法に消費税はかからない/芝浜之介
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
選外佳作
魔法に消費税はかからない
芝浜之介
魔法に消費税はかからない
芝浜之介
「ワシ、魔法使いやねん」
昼下がりの喫茶店。隣のテーブルでこっちを向いて座っているオッサンが唐突にそう言った。なんだコイツ。これから大事な商談なんだ。席を移動しよう。んっ、靴が床にくっついて離れない。
「動かれへんやろ。ホンマに魔法使えるねん」
動けないのは事実だが、だからなんだというのだ。
「最近こんな軽いのしか使うてへん。腕がなまってはアカンから、本格的なのをやりたいねん。要は練習や。練習したいねん。悪いようにはせえへん。協力してえな。にいちゃん頼むわ」
無視するか、断ればいいのに、なぜか俺は、
「じゃあ、これからお客さんが来るから、商談を成功させてくれよ」
と言ってしまった。
俺はヘッドハンティングの仕事をしている。今、大手金融機関の依頼を受けて、システム開発のリーダーになるエンジニアを探しているところだ。これから来るHさんはその候補者だ。Hさんは、転勤の多い現在の勤務先をできれば替わりたいと思っているらしい、という情報をキャッチしている。
「商談でっか。ワシは何をすればええねん」
「だからさあ、相手が俺の言うことを聞くように、そうだ、催眠術だよ。催眠術をかけるんだよ」
「おっ、知っとるで催眠術。よっしゃ、まかしとき」
ほどなくHさんが現れた。名刺交換をして、着席を勧めると、座ったとたんにHさんは寝てしまった。オッサンは隣でガッツポーズしている。何やってんだ。
「寝かせてどうするんだよっ」
「せやけど催眠術って言うたやんけ」
「違うんだよ。催眠術っていってもこういうんじゃなくてさあ、そうだ、暗示だよ。俺の言うことに同意するように、暗示にかけるんだよ」
「了解。それやったら初めからそない言わんかい」
Hさんは目を醒ました。寝てしまったことに気づいていないようだ。それからスムーズに話が進み、内定といっていいところまで漕ぎ着けた。この後、郵便で契約書をやり取りすることにして、その日の商談は終わった。
Hさんを見送ってから隣のテーブルを見ると、オッサンは姿を消していた。
会計をして喫茶店を出ると、店員が伝票を振り回しながら追いかけてくる。
「お連れ様のコーヒー代をいただいておりません」
あれは連れではない、見ず知らずのオッサンだと説明したのだが、納得してくれないので、オッサンのコーヒー代を俺が払う羽目になった。
三日後、奇妙な郵便が来た。差出人は夢野サリー。開封すると「請求書。魔法代金三万三千円。内訳、眠らせて一万円、眠りを解いて一万円、商談の成功一万円、小計三万円。消費税三千円。〇〇銀行△△支店……に振り込んでちょうだい」。なんだこれは。誰が払うもんか。なにが夢野サリーだ。バカタレ。
放置していたら一週間後にオッサンが会社の前に現れた。
「代金払わなアカンで」
「なに言ってんだよ。だいたいなんで消費税がかかるんだ。アンタ、納税者じゃないだろう」
「バレたか。ほな、消費税なしで三びゃくまんえん」
「しょうもないことを言うな。そもそもアンタのほうから練習させてくれって頼んできたんじゃないか。それに商談が成功したのは俺の実力だ。魔法は関係ない」
「あっ、そういうこと言うんでっか。ほな魔法でなんぞ悪さしてワシの力をもう一回みせたろか」
「なんだよ。脅迫するのかよ」
「ごめんごめん。そんなつもりちゃうねん。せやけどワシも生活キツいねん。助けてえな。三万とは言わん。ディスカウントもオッケーや。ご相談に応じまっせ」
「わかった。一万」
「そら殺生やで。ちょっと色つけてえな」
「いいだろう。一万二千だ。ビタ一文上乗せしない」
「エゲツない商売しまんなあ。にいちゃん出世しまっせえ」
金を渡すとオッサンは消えた。
あっ、コーヒー代を回収すればよかった。でも、たぶんそのうち、魔法使わせてえな、とか言いながら現れそうな気がするから、そのときに利息を付けてふんだくってやる。あれ、なんだかオッサンに会うのが楽しみになってきてしまっている。これも魔法なのだろうか。腹が立つけど、まあいいか。
(了)