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第22回「小説でもどうぞ」最優秀賞 終わらない チバハヤト

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第22回結果発表
課 題

※応募数242編
終わらない 
チバハヤト

 米寿になった祖母は認知症が進み、僕の名前を忘れてしまった。祖母に会いに行くたびに僕の呼び名は変わる。今日は「八百屋のケンさん」だった。僕は八百屋になりきって声色を作り、「まいど、奥さん今日は白菜が安いよ」と、俳優並みの演技をした。すると祖母は一瞬のうちに昔に戻り、「いつ半額になるのかね」といつになく柔和な笑みを見せた。
 僕には願いがあった。あと一度でいいから祖母に本名「タカシ」という名前で呼んで欲しいということだ。でも、どうしたら名前を呼んでくれるのか、見当がつかなかった。ただ、一つだけ、これならば――と思う記憶があった。祖母に手を引かれて行った『地元の祭り』の記憶だ。祭り囃子はやしが鳴り響き、町内会ごとに作った小さな神輿みこしが練り歩く。道の両脇にはりんご飴やかき氷などの出店も軒を連ね、祭りの最後には花火が打ち上げられる。
 祖母は祭りが大好きだった。祭りの日は酒屋から振る舞われる日本酒をコップであおり、若い時分には、いなせな声を張り上げながら神輿をかついでいたという。
 祖母が大好きだった『地元の祭り』に行けば、祖母の昔の記憶が蘇り、僕の名前を思い出すのではないか?
 淡い期待を抱いたが、過疎化の影響で地元の祭りは既に姿を消していた。そこで僕は親戚中を回り、地元の祭りの写真や動画をかき集めた。業者に依頼し、VR映像に加工してもらった。試しにVRゴーグルを装着してみると、祭りの風景が視界一面に広がった。手作りの町内会の神輿があり、右を見ると小さな僕が祖母と手を繋いでいた。懐かしい祭り囃子も聞こえ、若い衆は大きな掛け声とともに神輿を担いでいる。よし、この完成度なら行ける。VR映像が祖母の記憶を呼び起こして、きっと僕の名前を呼んでくれるはずだ。
 早速祖母の住む施設を訪ね、VRゴーグルを装着させた。
「ん……タカシ、今日は祭りの日かね」
 祖母は僕の名前を呼んだ。何年ぶりだろうか。喜びで胸が打ち震え、涙をこらえながら祖母の手を強く握りしめた。続いて祖母の足がゆっくりとリズムを刻んで室内を歩き始めた。どうやら神輿を観に行くようだ。
「あら、酒屋の奥さん、いつもありがとね、今日は祭りだから私も昼から飲もうかね」
 祖母は酒屋からコップを受け取り、お酒を飲む仕草をした。ゴクリと音を立ててうまそうに日本酒を呷る。本当に飲んでいるようだ。と――次の瞬間、祖母の顔つきが変わった。
「タカシ、もっと酒ちょうだい」
 僕が戸惑っていると
「タカシ、今すぐ一升瓶持ってこいや」
 と、更に太く強い口調になった。そうだ、今の今まで忘れていたが、祖母は祭りが大好きなだけでなく、酒乱の気があったんだ。勢いに乗った祖母はもう止められない。VRゴーグルを自ら外し、そばにあったタオルでねじり鉢巻をすると、他の利用者の部屋を勢いよくノックし始めた。
「何してんだいみんな、今日は祭りだよ」
 祖母の勢いに押され、しばらくすると数人が部屋から出てきた。祖母はそばにあったタンカの上にトメさんを載せた。数人に声を掛け、タンカを神輿のように担ぎ始めた。
「じゃあみんな、気合入れていくよ、それワッショイワッショイ」
 祖母に感化された数人が掛け声に応じた。
「いいね、もっと声張っていくよ」
 このままでは誰も祖母を止められない。神輿の上のトメさんが目をまわしている、担ぎ手のノリさんは腰が痛そうだ。病人が出る前に止めなければ。そうだ、祭りを終わらせるには――僕は近くのスーパーでありったけの打ち上げ花火を買い込み、施設の庭に花火を並べると、一斉に火をつけた。
 ヒュ――――ドン、パチパチパチパチ。
 市販の花火でも数十個合わさればそこそこの音が出る。ぜる音とともに鮮やかな色彩が夕暮れ時の空を彩った。
 祖母は音の方向を向き、花火を見つめると「祭りも終わりかいな」と言い、タンカ神輿を降ろした。みんなの顔をぐるりと見まわすと「ありがとね」と声を掛け、静かに部屋に戻った。そう、僕の地元では、花火が祭りの終わりを告げる合図だったのだ。祖母は俯きながら部屋に戻ると、すぐに寝てしまった。
 僕も少し疲れたので休憩した。祖母のベッド脇に座り、寝顔を見ながらスマホをいじった。少しすると、友人から何かの動画が送られてきた。数人で飲んだノリでカラオケに行ったらしい。〈俺の歌、うまいでしょ〉だって。再生ボタンを押すと、ネクタイを頭に巻き、大音量で歌を歌っている動画が流れた。
「ソイヤ、祭りだ、ワッショイショーイ」
 すぐに消音モードにしたが、祖母が起きてしまった。「ごめんね、うるさくして」と言うと、祖母は目を爛々らんらんと輝かせて言った。
「タカシ、今日は祭りの日かいな?」
(了)