第22回「小説でもどうぞ」選外佳作 将軍様のお祭り 街道公子
第22回結果発表
課 題
祭
※応募数242編
選外佳作
将軍様のお祭り 街道公子
将軍様のお祭り 街道公子
まずいな、まだ掛け声やステップを全部は覚えていないぞ。朝食のトーストを食べながら、私は考えていた。特に今回は掛け声が今までと少し違っていたはずだ。「エライヤッチャ」とは違ったはずだ。いったい何と言うのだったか? これはまずいことだ。今日は会社を休むか? 明後日までに完璧に覚えなくてはならない。それは仕事より何より優先する。日曜日は「お祭り」なのである。
しかし今日は金曜日だ。金曜日に急に休むのもどうかと思う。理由も思いつかない。家族もいないので妻や子供の病気という手は使えないし、私の親や親戚が近くにいないことは会社の皆も知っている。
月曜日にマニュアルが来ていた。いつものように玄関ポストにホチキス留めの八ページモノの紙の手順書が入っていたのだ。来ていたことを確認し、後で見れば大丈夫だろうと思っていた。
そして、その中身を見たのが翌日火曜日の夜。チラリと見たが、これまたいつも通りの
で、その日はもう遅かったので翌日会社から帰ってきてDVDを請求した。専用の手順を録画した動画があるのだ。必要なら貸し出すのでこの電話番号に請求してくださいとその紙のマニュアルに書いてあったのである。今回は難しそうなので今まで借りたことはなかったがDVDを見てみようと思ったのだ。
しかし、電話に出た女性オペレータはなんと「売り切れ」だと言う。まてよ。そもそも「売り切れ」という言い方は正しくない。このDVDは「貸し出し用」なのだ。だったら「すべて貸し出してしまって在庫がない」と言うべきだろう。そんなことに腹を立てたが、腹を立てても問題は解決しない。私は「了解致しました」と慇懃無礼に言って電話を切ると、しょうがないからいつも通り紙のマニュアルを読もうと思い、その日は寝てしまった。
そして、木曜日になった。会社から帰り、あらためて紙のマニュアルを見ようと思ったが、どういうわけか見つからない。昨日はあったのだが、何故か今日はどこにもない。そんなバカな。確かに今朝、出がけにゴミを捨てた。まさかあの中に入っていたのか?
これはまずい。手順書の再発行はできないのだ。私はインターネットでマニュアルがアップされていないか探し始めた。それらしいモノはたくさん出てくるのだが、肝心な「手順解説書」自体はどこにもない。会社の同僚や近所の人に借りることはできない。それはあってはならない犯罪なのだ。
かくして金曜日になってしまったのである。「将軍様のお祭り」は明後日、日曜日である。
*
一年前に軍事クーデターにより誕生した新しい独裁者「将軍様」は無類のお祭り好きである。月に一度の地域祭りの強制開催、そして住民全員の強制参加が義務付けられた。この「お祭り」は絶対に失敗できない。
「お祭り」の参加者は、まずはそれを見る将軍様以下の「軍事政府」、監視する「お祭り監視部隊」、ここまでが「見る側」。そして「やる側」は、お祭りの専門部隊である「お祭り組」、これは軍事政府直轄の若い女性からなる踊り子連中であり、踊りや掛け声をだすことを
そして、「一般市民」がもし少しでもその掛け声を忘れ、ステップを間違え、お祭りに関して何か粗相をしたら……、それは大変なことになるのだ。それが直接将軍様や最高幹部の前であったなら、その場で銃殺。軍事政府の下級幹部等に見られたなら、一年以上の懲役もしくは禁固刑。「軍事政府」のメンバーには見られずとも、「お祭り監視部隊」に見つかったなら、罰金を取られ会社はクビ、学校は退学、住み慣れた地域からどこか遠くに強制転居となるのである。この犠牲者は多く、私の両親や親戚は数か月前、このために遥か遠地へ流されてしまったのだ。
将軍様は各地で自らを称えるお祭りを見るため全国各地を回っているが、先ほど見たテレビニュースによると、今月は私の住むこの地域にお見えになる可能性が高いと言う。
どうする? どうすれば良いのか? とにかくマニュアルを見つけなくては。最悪は死刑である。
「エライコッチャ、エライコッチャ……」
私は自然とそう呟いていた。
(了)