第22回「小説でもどうぞ」選外佳作 お祭りデビュー 大川かつみ
第22回結果発表
課 題
祭
※応募数242編
選外佳作
お祭りデビュー 大川かつみ
お祭りデビュー 大川かつみ
納涼盆踊り・夏祭り会場に来た。今まで地元の町内会で行われている夏祭りには毎年顔をだしているが、ここには初めて来た。
なぜ、今年この会場に来たかというと大きな理由があった。それは“お祭りデビュー”することだった。
今まで、僕は夏祭りなどに来てもそこに二十分もいなかった。ちょっと覗いて夏祭りの風情や賑やかな雰囲気を感じ、あとはせいぜい焼きそばやら、たこ焼きやらを冷えたお茶やサイダーで流し込み、すごすごと帰るだけだった。なんなら家に持ち帰って食べたこともある。
盆踊りの輪に入って踊るなんてあり得ない行為だ。知り合いに見られたら、という恥ずかしさが先に立ってしまうのだ。
これでは正直言って楽しくない。で、あれば、いっそ行かなきゃいいのである。わかってはいるが、夏の開放的な気分が僕に祭りに行けと言っている。はたまた子どもの頃、親や友だちと行って楽しかった思い出のなせる業か。また、根底にはそこでの素敵な異性との出会いという淡い期待をしている自分もいた。我ながらどうかしている。
そのようなわけで今年こそは一念発起、夏祭りを心の底から堪能し、有意義に過ごそうと考えたのである。そのためには地元を遠く離れ、誰も知り合いのいなさそうな会場を選ばなければならないと考えた。そこでこの会場となったのだ。ここなら思い切り羽を伸ばし自分を解放して楽しめる。盆踊りだって恥ずかしくない。この際、踊ってみようではないか。
会場はお寺の境内みたいな場所で参道の両脇に出店が並んでいた。奥にさほど大きくない本堂があり、その裏の広場が盆踊り会場になっているようだった。まだ夕暮れ時で早いせいか混雑はしていなかった。ほどよい感じだ。
参道をぶらぶら歩き出店を覗いて回った。かき氷屋、綿菓子屋などの定番から、じゃがバター屋やケバブ屋など、最近見かけるようになった店もあり賑やかだった。
ヨーヨー釣りの出店があった。これは今までやったことがないので初めて挑戦してみた。店のおじさんから釣り具を貰い、黄色い風船に狙いを決めて試みた。なんとか輪ゴムに引っ掛けるまでは出来たが、持ち上げたときに紙がちぎれ、失敗した。残念だったが、面白かった。
次に射撃の的当て。これも初めてだ。二発目までは外れたが、三発目はキャラメルの箱に命中した。しかし横を向いただけで、倒れはしなかった。
「意外と難しいんだな」
独り言を呟きながら最後のコルクを撃ったが、景品を捕ることは出来なかった。それでも楽しかった。端から見れば全くもって些細な体験なのだが、僕にとっては新鮮な出来事なのだ。
しばし道端でボーッと突っ立っていると、後ろから声をかけられた。
「ここ、初めてですか?」
振り向くと美しい浴衣美人がそこにいた。
「え、ええ。そうです。初めてです」
緊張して答えた。
「私もなんですよ」
その女性はにっこりと笑みを浮かべた。そして信じられないことを言った。
「良かったご一緒しませんか?」
「ええ。ぜひ……」食い気味に返事をした。
(逆ナン来た~!)心の中の絶叫した!
二人して参道を歩きながら出店をあちこち回り、先ほどはスルーしたスーパーボールすくいをした。これだけは今まで何度もしたことがあり、上手かったのだ。いいところを見せようという魂胆である。僕はコツを教えるために彼女の手に手を携える形で触れ合うことに成功し、彼女もボールを一個すくうことが出来たことを喜んでいた。僕も調子に乗って三十個以上すくってやったが、彼女に「大人げない」とたしなめられて記念に二個だけ貰ってあとは返した。
二人で盆踊り会場に来た。
「一緒に踊りませんか?」
「はい」二つ返事だった。僕らは社交ダンスでも踊るように軽やかなステップで踊りの輪に入っていった。
周りの動きを見ながら振り付けを覚え、初めて盆踊りを踊った。“同じ阿保なら踊らにゃソンソン”というフレーズが頭の中を巡った。
やはり盆踊りは参加したほうが楽しいのだ。そして“お祭りデビュー”ができたと実感した。
僕の前を彼女が踊っている。その上に“ケンタ”というハンドルネームが浮かび上がった。
(男だったのか……)
周りを見渡すとそれぞれにハンドルネームが浮かび上がっている。おそらく僕の頭の上にも“カラス”というハンドルネームが浮かんでいることだろう。システム上の都合なのか、バーチャル空間にたまにこうやって表示されるのである。現実に引き戻されたけど、この会場に来てよかったと思う。仮想空間でなければお祭りデビューなんてとても僕にはできないもの。
(了)