第23回「小説でもどうぞ」最優秀賞 サヨナラ婚活 千波RYU
第23回結果発表
課 題
趣味
※応募数267編
サヨナラ婚活
千波RYU
千波RYU
結婚はとっくにあきらめていた。このまま粛々と生きていても、理想の男に巡り会えるとは思えないし、好きでもない人と無理に結婚したところで、ろくなことにはならない。
四十三回目の誕生日。田舎の母が贈ってくれた薄紫色のサマーセーターを広げると、小さなカードが膝の上に舞い落ちた。インターネットの婚活サイトの宣伝チラシだった。
試しにやってみたら?――ここ数年、何も言わなくなった母の声が聞えた気がした。仕方ない。一度だけ試してみて、それでだめならあきらめよう。そう思い直した。
たくさんの婚活マッチングアプリの中から、アラフォー向けの一つをスマートフォンにダウンロードした。定額制だが、大した額ではない。準備が整うと、意外にも気分が少し浮き立った。
白馬の王子さまとの運命的な出会いを待ち望んでいるわけではもちろんない。普通に生きてさえいれば、それなりの男と出会い、川の水が海に流れ着くように自然にゴールにたどり着くと信じていただけだ。でも結局そんな出会いは訪れなかった。気付いたら四十路を過ぎていた。
いまや四組に一組が婚活サイトで結婚相手を見つける時代だ。親友の智花や萌もそう。智花は九人目、萌は何と二十六人目でいまの夫と知り合った。それだって、ルックス、性格、将来性はせいぜい「中の下」。
わたしよりずっときれいな彼女たちにしてこの程度なのだから、わたしの相手なんてたかが知れている。「明日香もやってみなよ」と勧められても、そんな気にはなれずにいた。
もう一つ、婚活サイトを避けてきた理由がある。それは趣味がまったくないこと。何事にも興味や関心を持てず、始めてもすぐに飽きてしまうのだ。
幼い頃からどんな習い事も長続きしなかった。友だちもできず、人付き合いも苦手。独りぼっちで空を見上げ、流れる雲や星を追っているのが好きな子だった。智花たちは高校時代に水泳部を早々にクビになって意気投合した数少ない親友だけれど、共通の趣味があるわけではない。
だから、結婚相手に求めるのは、無趣味であることだけ。自分のプロフィルの趣味の欄も、空白にした。「なし」とは書かず、書き忘れたフリをした。
同世代で無趣味の男を探すのは予想以上に時間を要した。婚活サイトで趣味の欄が空白とか、「なし」なんてわざわざ書く人はまずいない。特に趣味がなくても、旅行とか読書とか映画鑑賞とか適当に書くのが普通だろう。
しかし、スマホとにらめっこを始めて三週間目、ついに見つけ出した。広大な砂漠に埋もれたダイヤの原石を。趣味の欄に「なし(無趣味)」と正々堂々と書いた男を――。
発見したときは胸が高鳴り、体の芯が火照るように熱くなった。こんな気持ちになるのはバレー部のキャプテンに夢中になった高校一年以来だ。ルックスだって、智花たちの夫と比べても遜色はない。
彼の方も無趣味の女性を探し求めていたようだ。メールを何度かやりとりすると、すぐに打ち解けた。初のデートの待ち合わせ場所は、ターミナル駅前の公園のベンチ。
細身の彼は挨拶も抜きで開口一番、「あなた、ご趣味は?」と訊いてきた。彼の目を見つめ、きっぱり言ってやった。
「ありません。あなたと同じく、完全な無趣味です」
彼は途端に破顔した。その柔らかな笑顔に魂が吸い込まれそうになる。
「お見合いは僕で何人目かな」
「初めてよ、あなたが」
「わお、ホント? 実は僕も初めてなんだ。ビギナーズラックだね」
近くのレストランに移動する途中、彼は早くも腰に手を回してきた。全身に電流が走り抜けた。
わたしは心の中で叫んだ。ようやく運命の人に巡り会えた、趣味なんて持たずに生きてきて良かった――と。
「次は一緒に『無趣味の会』に行きませんか。面白いよ、趣味のない連中って。この会が目下、僕の唯一の趣味みたいなものでね」
趣味……。その言葉が耳に届いた瞬間、体の中の電流は遮断され、一気に血を抜き取られたような虚脱感に見舞われた。彼の手から逃れるように身をよじると、わたしは駅に向かって駆け出していた。
頬を伝う涙をぬぐい、気付いた。もしかしたら、こうして独り身を護りながら生きることが、わたしの趣味なのかもって。
お母さん、ごめんね。だから孫はもうあきらめて。
(了)