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第23回「小説でもどうぞ」佳作 趣味か仕事か 吉村涼

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第23回結果発表
課 題

趣味

※応募数267編
趣味か仕事か 
吉村涼

 俺たち雀士は怒っていた。
『俺たち雀士』というのは、ここT市に一昔前には二十数軒あった麻雀荘の生き残り三軒の主人である俺たち三人のこと。
 怒っている相手は、二週間ほど俺たちの店で荒稼ぎをしている男だ。
 俺たちの雀荘は昔流儀の店だから、三万から五万円、時々十万円の金額が卓上で動くことがある。この男は、幾晩もぶっ続けに勝ち続けている、大きく勝たないが決して負けない。年齢不詳の童顔を取って付けた様な口ひげで隠し、人懐っこい目付きで相手を油断させ、確実にアガリ(和了)を重ねていく。
 機械が牌を積んでくれる全自動台では、積み牌に細工をするイカサマ技は不可能だ。可能なイカサマは『握り込み』くらいしか思い浮かばない。ゲーム中にメンバーの目を盗んで掌に余分の牌を隠し持つ技だ。注意して見ていても、イカサマの現場を押さえることが出来ないでいた。
「百五十万か……」
 負けた客から聞き取った被害金額だ。
 俺は『雀荘テンパイ』の若主人と顔を見合わせた。店を終えた夜中に俺の店で、二人は苦い酒を飲んでいたのだ。
「イカサマを見抜けない。僕たちも所詮趣味の素人なんですかね」
 若主人が気弱に言った、その時、『誠心堂』の爺さんが店に飛び込んで来た。
「奴の泊まっているホテルを見つけた」としゃがれ声で叫んだ。
 爺さんは、同年配の友人に誘われ、公民館主催の『誰でも出来る不思議手品教室』に冷やかし半分で出かけたのだが、教室に講師役で出てきたのがあの男だった。

「いやー、見つかっちゃいましたか」
 テンパイの若主人に腕を捕まれたまま、悪びれもせず男は言った。男は、朝食を摂ろうとホテルの1階に降りてきたところだった。
 待ち構えていた俺たちは、男をロビーのソファー席に引っ張ってきたのだ。男は、ジャージ姿で片手に新聞を持っている。
「謝れば許してくれるんですかね」
 無言の俺たちの誰にともなく、男は言った。
 誠心堂の爺さんが『どうする?』と俺を見る。実は、男を捕まえたところでどうしようもない。現行犯でもないイカサマ賭博で、まさか警察沙汰にも出来やしない。
「どうしたものかな。まぁ、まずは謝ってみたらどうだ」
 俺は、余裕を装って、世慣れた口調で言ってみた。
 俺の返事に、しかし男は、こちらの手牌を見透かしたような薄ら笑いを浮かべた。
「じゃ、金で謝る、ってのはどうですかね。五十万で」
 男は言った。
「七十万」
「七十万、分かりました。私も趣味の麻雀で嫌な思いをしたくない」
「手品が仕事、麻雀は趣味ってところか」
「さぁ、人生全部が趣味ってとこですかね」
 男は、気取った積もりのように応えた。
「趣味も過ぎると墓穴を掘るぜ」
「ですが、助けになることもあってね」
 男は俺を見て片頬で笑い、言葉を続ける。
「部屋に戻って、着替えて金を持ってきます、朝飯抜きで町をでることにしますよ、私のツキはもう町を出ていってしまったようだし」
 男はゆっくりとエレベーターに向かった。まだ自分がこの場の主役だ、と虚勢を張っているように、俺には見えた。
 カウンターの前を通らずにホテルからは出られない。俺たちはカウンターの正面にあるソファーで待つことにした。
 七十万あれば、素人さん達を少しは元気をつけられる。
「手品が趣味ときたら、牌の一二枚掌に隠すなんてお手のもんだ」
「そうですね、鳩でも隠せるんですから」
 爺さんと若主人が話している。
 会社員が三人と二人連れのお嬢さん方は俺たちを一瞥して、出て行った。
 一人旅の奥様風は微かな黙礼をしてくれて、精算を終え出発していった。
「ちょっと時間掛かり過ぎじゃないですか?」
 三十分が経っていた、さすがに変だ。
 俺はカウンターに走った、が、男の名前を知らない。
「口ひげの変な奴はチェックアウトしたか?」
 カウンター嬢は一瞬驚いたが、吹き出して笑い、楽しそうに言った。
「ああ、あの奥様、お髭がなくなってて、思わず顔とリストの名前を見直しちゃった」
 しまった、男の趣味はもう一つ別にあったのだ。
(了)