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第23回「小説でもどうぞ」佳作 影踏み鬼 ピーマン

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第23回結果発表
課 題

趣味

※応募数267編
影踏み鬼 
ピーマン

 私は日常の中でちょっとした趣味というか、あるゲームをしながら過ごしている。
 通勤途中や休日の散歩の時など、様々な場面で行きかう人たちの影を踏む。一人で影踏み鬼をしている感じだろうか。もちろん周りから怪しまれないようこっそりと。
 簡単なルールも決めてある。太陽が真上にある時は影も短くポイントは高い。逆に西日が影を長く伸ばしているような時間帯なら、影も踏みやすくなるので当然ポイントも低くなる。
 そういった感じで私はこのゲームを楽しんでいる。誰に教えるでもなく、ただただ自分一人だけで楽しむ趣味。気持ち悪いって? 別にいいだろう。誰に迷惑をかけるでもなく、はた目にはただの通行人として認識されている……はずだ。まあ、たまにではあるが、距離が近すぎたのか急に後ろを振り返られることもあるが、そういう時はちゃんとポイントを減点している。プレイヤーがペナルティを受けるルールもちゃんと制定してあるので何も問題はない。それに家の中で座ってゲームをしているよりもずっと健康的な趣味だ。私はこの趣味に誇りを持っている。
 そんなある日の休日(休日は普段よりポイントを稼げるボーナスタイムだ)いつものようにこっそりと影を踏みながら歩いていると、突然「痛っ。何すんだよ」と目の前の男が振り返った。
 えっ、今ぶつかった? いやいや、ちゃんと距離は取ってある。大丈夫だ。もしかして新手の当たり屋か?
 そんなことを考えながらきょとんとしていると、男は言った。
「今、俺の影を踏んだだろ。全く、気をつけろよ」
 私が反射的に謝罪をすると、男は不機嫌そうな表情のままその場を去っていった。
 今のは一体何だったんだ。つい謝ってしまったが、影を踏まれて痛い? そんなの聞いたことがないぞ。もしかして私の行動を見ていて、脅かしてやろうとわざとあんなことを。うん、きっとそうに違いない。しかし、あれだな。このパターンは初めてだな。減点ポイントをいくつにするか考えないとな。
 しかしその後も、極々まれではあるが、影に神経が通っているらしい人に当たることがあった。
 私の勘違いだろうか。いや違う。確かにそのようなリアクションだった。なぜ急に。今までは私がそれに気がつかなかっただけなのか。そもそもそんな人が存在するのか。あいつらは一体何者なんだ。
 ――人類の中に何者かが紛れ込んでいる。
 そんな考えが頭の中をよぎったが、次の瞬間にはもう別のことを考えてしまっていた。
 得体のしれないものへの不安や恐怖よりも、益々ゲームらしくなってきたワクワク感と、あの影は高ポイントだったという喜びが勝る私の頭は正常だと言えるだろうか。
 私は普通の影ではもう満足できなくなってしまっていた。とにかくあいつらを引き当てたい。危険も伴うが、そのスリル、そしてギャンブル性。私は今まで以上にこのゲームの虜になってしまった。
 あいつらを踏むためにとにかく歩き回った。見分ける術がない以上は数を稼ぐしかない。
 ところが、程なくして全く出会わなくなってしまった。警戒され始めたのだろうか。あいつらどこへ行きやがった。
 私は誰でもいいから喧嘩を吹っ掛けたいほどにイライラし始めた。そしてターゲットを誰にしてやろうかと辺りを見回してみると、体が私よりも二回りほど大きな一人の屈強な男が目に入った。――あいつにしよう。
 私はその男に近づくと喧嘩を……吹っ掛ける度胸などあるわけもなく、背後に回って「お前はボスのような雰囲気を醸し出しているが、影が大きくなるお前はこのゲームの中ではポイントが低いんだ。この雑魚め」と心の中で叫び、その男の影の頭の部分を思い切り踏みつけた。
 すると男はその場に倒れこんでしまった。
 えっ。私のせい? この男はあいつらの一味だったのか。どうしよう。当たりくじを引いたのに、今はさすがに喜べない。
 周りには私たち以外に誰もいない。誰にも見られていない。私はその場を急いで走り去った。
 もしばれたらどうなるのだろう。影を踏んだら倒れましたなんて誰が信じるだろうか。私は人類に紛れ込んだ化け物を退治した。それだけだ。
 私は必死に自分を肯定しつつ、もうこのゲームは終わりにしようと思った。もっと別の趣味を新しく探そう。
 私は力強く空を見上げた。目の前が赤く染まる。背後を車が勢いよく走り抜けていった。西日が影を長く長く伸ばしている。
(了)