第23回「小説でもどうぞ」佳作 花を好きな理由 ゆうぞう
第23回結果発表
課 題
趣味
※応募数267編
花を好きな理由
ゆうぞう
ゆうぞう
「ねえ、心配事があるの。保のことよ」
新幹線に乗るとすぐ、妻の七恵が話しかけてきた。ぼくも妻も本業は大学教員で、それぞれ宇宙物理学と生命科学が専門だ。だが、今日は、二人が趣味でやっている流星短歌会の総会の日だ。二人は同い年だが、妻の方が短歌歴が長いので、妻が代表でぼくが副代表を務めている。一人息子の保は、先月、高一になったばかりだ。
「保がどうしたんだ?」
「あの子、サッカー部に入らなかったのよ。中学までサッカー一筋だったのに」
「いったい、何部に入ったんだ?」
ここで妻は声を潜めた。
「園芸部よ」
意表を突かれて、返事ができなかった。
「ほら、びっくりしたでしょ」
「理由は聞いたかい?」
「花を好きなことに理由はない、だって」
「花が好きな男子でも、いいじゃないか」
妻はふくれた。
「やっぱり何も気づいていないのね」
「何のことだ?」
「あのね。このごろ、保、おかしいの。髪の毛を伸ばして、切るのをいやがるの」
「それくらい、思春期だから当然だよ」
「眉毛を整えてるし、生えて来たひげも毎日剃り、私の乳液もこっそり使っているのよ」
「何が心配なんだ?」
妻はいっそう小声になった。
「まだ、わからない? LGBTよ」
「即断過ぎるだろ。確かめたのか?」
「女のわたしが、そんなこと聞けない。あなた、今晩聞いてくれる?」
承諾するほかはなかった。
夜帰宅すると、すぐ保の部屋に向かった。
「母さんから聞いたんだけど、園芸部に入ったんだって」
「ああ、それがどうしたの?」
「これまで花には全然関心なんかなかったのに、突然園芸部に入る、というので、母さんは心配してるんだ」
「心配? 何を?」
「何をって……」
段取りを考えてはきたが、保を傷つけずに話を進めることができるだろうか?
「つまり、その……」
保が眉間に皺を寄せている。
「何を聞きたいの?」
「思い切って言おう。母さんはお前がゲイじゃないかと思っているんだ」
一瞬、沈黙があった。
その沈黙に耐え切れず言い訳がましいことを言ってしまった。
「父さんは、これでも理解があるつもりだ。だから、正直に話してくれれば力になるつもりだ」
保はぼくの顔を見つめて苦笑した。
「そりゃ、考え過ぎだよ」
「じゃあ、納得のいく理由を聞かせてくれ」
「わかった。ただ、この話は、くれぐれもママ友には言わないようにと、母さんに念を押してよ」
「よし。約束する」
「実は、園芸部の二年生の女の子から入部を誘われたんだ。その子、めちゃ、ぼくのタイプなんだ。だから、入部すると決めたんだ」
あっけにとられた。どう言うべきか迷ったが、「そうか。よくわかった。がんばれよ」とだけ言って、部屋を出た。
寝室に入ると、七恵は起きていた。
「どうだった?」
待ち構えていた妻に、仔細を話した。
七恵は予想が外れたためか、複雑な表情をした。
「でも、心配ごとは尽きないものね」
何のことか、とたずねると、
「女の子に近づくために全然興味のない園芸部に入るなんて、男らしくないんじゃない?」
「おいおい、それって差別的じゃないか? ゲイの心配とか、男らしくないとか、問題発言だぞ」
「差別するわけじゃないけど、女の子のために趣味を変えるなんて、信じられない。そんな男に惚れる子なんかいるのかしら」
「そういう発想が問題だよ。男は男らしくあらねばならないという価値観を破砕しないと」
七恵は長い息を吐いた。
「あなたがそんなに強く物事を主張するなんて、珍しいわね。そう言われたら、そんな気もしてきた。そろそろ寝るわね」
ベッドの中で、妻の寝息を聞きながら、昔を思い出していた。
二十五年前、一浪して、憧れのK大学に入学したばかりのぼくに、「短歌に興味ありませんか?」と、女子学生が話しかけて来た。
その美しさに、思わず「ええ、短歌は大好きです」と、心にもないことを言ったのは、このぼくだ。七恵には一生言えないけど。
(了)