第23回「小説でもどうぞ」選外佳作 癖収集 くら
第23回結果発表
課 題
趣味
※応募数267編
選外佳作
癖収集 くら
癖収集 くら
お兄ちゃんは学校の人気者で、誰よりも遠くまでボールを蹴ることができた。お兄ちゃんは私のヒーローだった。だからお兄ちゃんが高校を卒業してヒキコモリになったとき、私はひどくショックを受けた。私はなにかの病気じゃないか、とスマホで調べまわった。ヒキコモリの例として「ゲームに夢中で」というのがあったけど、お兄ちゃんは特にゲームが好きではなかった。では部屋でなにをしているのかというと、なにもしていなかった。
「なにか考え事でもしているの? この星の行く末、とか」
と聞いたら、お兄ちゃんは笑って答えた。
「別になにも。朝起きて、ぼんやりしてたら、いつの間にか、夜になっている」
このまま何もしないでいると、お兄ちゃんの魂が肉体からすぅと抜け出してしまいそうで、怖かった。それで私は、友達から伝え聞いたアプリをお兄ちゃんに紹介した。
「《癖収集》? 収集癖、じゃなくて?」
「いや《癖収集》。たまに変な趣味の人がいるでしょ? そういう人が急に、なんでこんなもの集めてたんだっけ、って冷静になったり、もしくはその人が死んでしまって遺族が収集物に困ってしまったら、このアプリに載せるんだって。趣味がコアすぎて、ほかじゃ引き取ってくれないから。ゴミだらけのメルカリ、って感じ? まぁ人の癖を収集する癖収集、というツワモノもいるから、《癖収集》って名前らしい。でね、私、お兄ちゃんにここで興味のあるもの選んでもらって、趣味を始めたらどうかな、って思ったの。掲載品、ほとんどタダみたいなもんだし。どうかな」
お兄ちゃんはしばし唸っていたが、妹の決死の提案を無下にすることもできなかったのだろう。ユーザー登録して、掲載癖を閲覧し始めた。そして、じゃあこれ、と言って、癖カートに入れ、購入した。お兄ちゃんが購入したのは、「アゲハ蝶の蛹の抜け殻収集」だった。
「セミの抜け殻、っていうのもあるけど」
「アゲハ蝶の抜け殻は、特典として幼虫が寄生している蜜柑の植木がついてくる。ということは、蜜柑も食べられるかもしれない」
理由を聞いて、なるほど、と感心した。
しばらくして、一千個の抜け殻が入った段ボール箱と蜜柑の木が送られてきた。蜜柑の木にはアゲハ蝶の幼虫たちがいて、葉っぱをがしがしと食べていた。お兄ちゃんは毎日、抜け殻を手に取って感触を味わい、蜜柑の木に水をやった。
「この趣味に夢中になった人の思いがわかる。なかなか楽しい。《癖収集》でほかのも買ってみた」
「へえ。今度はどんなの?」
「なるべくまん丸の石の収集。あと地域猫のひげの収集。ほかにもいくつか」
他人から賛同を得られないものほど、愛おしく感じる人もいる。お兄ちゃんにとっては、その愛おしさが愛おしいらしい。
ところが《癖収集》の様子が変わってきた。今までは猫のひげの束なんて、一円で売ってても誰も買わなかった。でもお兄ちゃんがひげを買った途端、誰かが猫のひげの束に百円を出し、それを千円で売り始めた。そんなことが繰り返されて、数日で猫のひげの束が十万円まで値上がりした。セミの抜け殻もぎざぎざの石も値上がりした。そんな現象を見て、人々は気づいた。全部、お兄ちゃんが買った癖に関連した癖が値上がりしている。お兄ちゃんはそんなことは気づかずに、いろいろな癖を収集し始めていた。人々はお兄ちゃんのことを癖の魅力を再発見する賢者〈癖王〉ともてはやし、〈癖王〉が次に何を買うのか、に注目をしていた。お兄ちゃんはそんなことは知らずに、他人の癖を集めて楽しんでいた。事実を知ったのは、《癖収集》運営会社の経営者からの電話だった。
「あなたが購入した癖たちを、二千万円で買い取らせてください。そして私たちの会社の取締役となって頂けないでしょうか? 《癖収集》を共に発展させましょう!」
お兄ちゃんは「考えておきます」と言って電話を切ると、庭に穴を掘り始めた。私もそれを手伝った。二人で深い穴を掘ると、まん丸の石や地域猫のひげ、アゲハ蝶のさなぎなどその他多くの収集物を、穴にどさどさと入れた。最後に蜜柑の木を墓標代わりに植えて、穴を閉じた。私たちは埋葬された癖たちに向かって、手を合わせた。癖たちはきっと天国で可愛がってもらえることだろう。
あれからすぐに、お兄ちゃんはヒキコモリも《癖収集》もやめた。そして蜜柑の木も大きくなり、毎年、私たちに果実をプレゼントしてくれる。アゲハ蝶が卵を産み付けるから葉っぱはかじられてしまうけど、木はとても元気で、蜜柑は甘くて美味しい。
(了)