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第24回「小説でもどうぞ」優秀賞 緻密な戦略 酔葉了

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第24回結果発表
課 題

偶然

※応募数266編
緻密な戦略 
酔葉了

「仕事だ。もう失敗は許されんぞ」受話器を置きながらボスの野太い声が響いた。
「依頼主と内容は?」当然、それが気になる。
「久しぶりに例の神社からだ。三日後、あの駅からこの男を、この時間に出発する電車の二両目の二つ目のドアに乗せて欲しいとのことだ」ボスは若い男の写真を一枚取り出した。我が社は世間的には無名だが、神社や占い師の下請け企業だ。
「依頼主によれば、この日、男がこっち方面の映画館に行くらしい。これを逃す手はないそうだ。どうだ、出来るか?」
 ボスの言葉に緊張がみなぎる。実は前回、同じような依頼で失敗している。以来、この神社からの受注が途絶えていた。ボスが失敗は許されないと言うのもこういう背景がある。任務を遂行するのは私と若手社員の二人だ。「もちろんです」と地図を広げる。
「ルートの確認だ。男の自宅はここ、行き先はここだ。電車に乗せたい駅はここだが、行き先とは逆方向ってことだ。どうやってこの電車に乗せるか、悩ましいな」ボスの言葉に私は頷き、若手は黙ってメモを取る。
「しかもこの電車の二両目の二つ目のドア……」
 私は改めて難しい任務であることを認識する。成功しなければ、もうこの神社からの仕事は完全になくなる。結構な大口先だ。社運を賭けた大仕事になる。
「勝負は三日後だ。ギリギリまで考えよう。十分な準備があれば大丈夫」私は若手の肩を軽く叩いた。
 次の日から我々はずっと作戦会議だ。「ここでアシストは入れるか?」アシストとは我々の作戦を手伝う人員を指す。アシストを入れ過ぎるとターゲットに不自然に思われ、作戦がバレる可能性も高まる。あくまでごく自然に任務を遂行するのが我々の鉄則だ。無駄なものをそぎ落とし徐々に形になっていく。ボスへのプレゼンは明日。ここでダメ出しをされるとやり直しがきかない。一発勝負だ。議論も自然と過熱する。
 プレゼンの日――。当日は朝から男の自宅周辺は断水工事。すると男は早めに自宅を出て、一番早い回の映画を観ようとするはずだ。逆算すると自宅発は午前十時。その十五分後に最寄りの駅から電車に乗ることになる。映画館のある街はそこから三つ目の駅で乗り換えが必要だ。ここはスムーズに乗り換えてもらう。そして一駅乗って、そこから逆方向の電車に乗せるのだ。このタイミングであれば、ほぼ予定通りの電車の乗れる計算だ。
 問題はそのやり方。一駅乗ったところで急病人を発生させて電車は緊急停止。男は一旦、ホームに降りるだろう。そこに婆さんを登場させ、逆方向の電車まで案内させる。この男は婆ちゃん子だから間違いなく案内する。更にホームで婆さんは二両目の二番目のドアまで連れて行ってもらうように導き、最後は男に荷物を持たせて車内に一緒に乗ってもらう、という作戦だ――。我々は必死に説明した。無表情のボスが深く頷く。
「よし! それで行こう。ただし、もしもの時の代替案は考えておけ!」
 いよいよ作戦当日。男は予定通りに自宅を出て、最寄りの駅に向かう。そして予定通りの電車に乗る。乗り換えて一駅乗ったところで、急病人の発生だ。男はホームに降りる。すべて予定通り。読みが当たった時はしびれる。さあ、婆さんの登場だ。私はニヤリと笑う。
「た、大変です。予定の婆さんが急病で無理とのことです!」若手の慌てた声だった。
「な、何だと!」血の気が引く。だが大丈夫。こんな時のためにアシストを急遽投入だ。
「パパとママが待っているあの公園に行きたいんだよ」男児が泣きながら男の前に行く。心配そうに見ていた男はニコッと笑った。「それなら反対側の電車だよ」と、優しく子供の手を引いた。電車がホームに入って来る。この電車に乗せなければ!
 男児は二両目の二番目のドア付近に向かっていく。「じゃあね」と、男は男児を一人で乗せようとした。やばい……。私は電車の中に同い年の悪ガキを乗せておいた。悪ガキが車内で男児に絡む。男はその子を救うために電車に乗り込んだ。そして電車は動き出す。
「よし成功だ!」我々の仕事はそこまで。これでいい。しかし危なかったな。力が抜けた。
 それから半年後――。とある結婚式場。仲人のスピーチだ。
「新郎新婦は高校の同級生です。お二人のなりそめは何と偶然の再会。ちょうど新婦が縁結びの神社にお参りして暫くのこと。新婦が電車に乗っていたところ、たまたま新郎が同じ車両に乗ってきたのです。当初、新郎はその電車に乗る予定はなかったのですが、電車の遅れや人助けで、まさに神に導かれたように乗り合わせたのです……」
 そう、我々は偶然を作り出す企業。あの神社はまた名を上げることになる。大きな報酬を期待するとしよう。
(了)