第24回「小説でもどうぞ」佳作 なんて呆れるような、不幸な偶然 河音直歩
第24回結果発表
課 題
偶然
※応募数266編
なんて呆れるような、不幸な偶然
河音直歩
河音直歩
彼女はエリと名乗ることにした。ひどい怪我をし持ち物はすべて失った。何かに引き寄せられるように森の中を進み、気が付けば小さな集落にたどり着いた。壊れかけた数件の家と酒場だけで、人影はない。雑草が生え放題で、酒の空き瓶がめいっぱい捨てられていた。
北の国境を越えて来たのかね。酒場の前で垢
ここは空き家だから好きなだけ休んだらいい。老人はみすぼらしい建物にエリを寝かせた。傷の治りが異常に遅く、気が滅入る。電力を入れたらまだ船が再稼働できるかもしれないと思ったが、電気も水も何年も前にみんな駄目になったと言う。ごめんな、と老人はうなだれて酒を
数か月が経った。一人の男が集落に現れた。大怪我を負い、持ち物は何一つなく、ここへ来た事情も話さない。老人の案内で別の空き家で療養し、数週間後、杖をついて歩けるようになった。あんたたち、友達になったらどうだ。老人が気を利かせて男を連れて来た。老人がいなくなると、彼は突然、エリの首へ杖を突きつけた。エリはありったけの力で彼を突き飛ばす。D五八星雲から来たんだな。ええ。地球人はそんないい香りがしないから、すぐわかったよ。ぼくはF二一九星雲だ。だと思ったわ。地球は渡さないよ。あなたも墜落したくせに、生意気ね。幾多の星と同様に、彼らの星も敵対勢力にあるのだった。二人は睨みあっていたが、深刻な怪我を負った互いのみすぼらしい姿を見て、だんだんと馬鹿らしくなって、遂に笑い出した。
異星人同士が侵略を目論む星で偶然鉢合わせになるなど、聴いたことがない。なんて呆れるような、不幸な偶然なのだろう。
脱出はできないし生物個体も乏しいし、偵察の価値もない僻地で――。知ってるよ、俺たちは救援を待つしかない。そもそもこんな低知能の下等生物しかいない星なんて、破壊して宇宙要塞を作るほうがいいのにな。彼は、エリの大きな瞳を見つめて言葉を返した。彼女も彼の瞳を見つめていた。
二人は脱出できないもどかしさや苛立ちを紛らわすために、毎日会って他愛もないことを話した。互いの星、家族、幼い頃の思い出話も楽しかった。彼らを見て、おじいさんはひどく喜んだ。お似合いだね。若者はな、愛だよ。愛が一番なんだから! 二人はそのとおりに、傷が癒えない体で深く愛し合った。
冬になり、老人は一台の発電機を持って来た。森で隣の集落の人と偶然会い、買い取ったという。二人は大喜びで、助け合いながら山中に運び、船の残骸へ電力を供給した。緊急信号が復旧した。やっと助けを呼べるな。待って、私が先よ。お互いの援軍が鉢合わせしたら戦争になるわ。それなら僕が先だ。知ってるだろ、僕は君より上級職で、この失態じゃ死刑になりかねないんだ。いいえ、だめ。あなたは私のあと。エリ、遠慮がないんだな。まさか僕を捕虜にする気じゃないだろうね。おい! それをよこせ! 先に船の残骸を投げたのはエリだったが、彼は隠し持っていた老人の酒瓶を振り下ろした。二人の頭はほぼ同時に潰れていた。エリは辺りに飛び散った青い血を見ながら、ついに息絶えた。
雪の中に倒れた二体の異星人を確認すると、老人はすぐ隠し持っていた端末で、ホログラム通信を行った。異星人二体、回収完了。通話相手の長官が、さすがだな、と笑う。人口集落から電磁波で船を故障させ……死ななかった固体には続いて治癒機能に障害を、別の異星人と遭遇させ潰し合わせて一石二鳥……とんだ愚策だと思ったが、時間はかかってもきみの作戦は百発百中だ。何より観察の楽しみがある。今回は雄雌の安っぽいメロドラマに、前回は雌同士の友情ごっこだったか。仲違いが見物だよな。はっ、痛み入ります。
背後で地中が浮き上がり、森が裂け、巨大な地球防衛基地が姿を現した。彼は変装を脱ぎ制服の埃を払う。死骸回収のために駆けて来たラボの職員が彼へ一斉に敬礼をした。
(了)