第24回「小説でもどうぞ」佳作 理想の人 福来ひかる
第24回結果発表
課 題
偶然
※応募数266編
理想の人
福良ひかる
福良ひかる
このフライト中に理想の人を見つけること。それが私に課された任務だったの。
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」
私の呼びかけに一人の男性医師が応じた。
「医師ですが、僕でよければ何か?」
見つかった。私は胸を撫で下ろした。
「ご協力ありがとうございます」
医師の腕に軽く触れながらお礼を言った。
まずは一人。心の中でガッツポーズ。隠密に完遂してみせるわ。さ、他も探すわよ。
「お客様の中に筋肉ムッキムキのたくましい方、いらっしゃいませんか」
私の機内アナウンスを聞いてやって来たのは、筋骨隆々の若い男だった。
「いやぁ、仲間が俺に行けって言うんで」
聞くと、ラガーマンらしい。最高だわ。それにこの岩のようなたくましい体、完璧ね。
「ご協力ありがとうございます」
二人目ゲット。私は胸裏でそうつぶやいた。
「お客様の中に花火師の方はいらっしやいませんか」
「ねえちゃん。俺、花火師だけど? この道四十年さ。隅田川の花火も毎年打ち上げてる」
六十代くらいの男は誇らしげにそう言った。豆のできたごつごつした指からは、職人の気概が伝わってくる。
「ご協力ありがとうございます」
三人目ゲット。
まだ少し時間がある。もう一人いけそうね。
「お客様の中に美味しいお店をご存知の方、いらっしゃいませんか」
「あっ僕、いいとこ知ってますよ。隠れ家的な、ネットにも載ってないレストラン」
なかなかのイケメンね。服のセンスも悪くない。四人目ゲット。
見つけたのは、医師、ラガーマン、花火師、イケメン、の男達四人。どの人も理想通り。私の思いを伝え、あとは相手の出方次第ね。
「皆様、当機は間もなく着陸の準備に入ります。シートベルトをお確かめください」
無事着陸できそうね。安心して乗務員席に戻ろうとした時、一人の男が声をかけてきた。
「すみません。どうしても喉が乾いてしまって。申し訳ないのですが、お水を一杯いただけませんか」
私が水を取りに行くと、男も後ろからついて来た。嫌な予感がして振り向くと、私の喉元にナイフが突きつけられていた。
「そのままコックピットまで案内しろ」
男は脅す。鋭く光るナイフが私の視界にチラチラと入ってくる。
男はコックピットへ入ると、
「空港ごとふっとばしてやる!」
奇声をあげながらナイフを振り回して暴れだした。
パイロットに斬りつけかかったその刹那だった。ラガーマンがドアを蹴破り、犯人にタックルして床へ押さえつけた。そこですかさず私がチョップでナイフを落とし、ロープで縛り付ける。
だが犯人は不適な笑みを浮かべ叫んだ。
「ふっ。この飛行機はもうすぐ爆発する!」
「いいや。あんちゃん、あのおもちゃみてえなの、おれが解体しちまったよ。花火師なめんなよお」
花火師が誇らしげに入ってきた。それを聞いて犯人は魂を抜かれたように崩れ落ちた。
私は安堵してその場に座り込むと、震える手に生温かいものがつたってくるのを感じた。
恐る恐る視線を落とす。血だった。犯人が暴れたときに腕にナイフが当たったらしい。動揺していると、すかさず医師が入ってきた。
「大丈夫です。傷はそんなに深くない」
そう言いながら医師は、私が渡しておいた救急箱から包帯をだして腕に巻いてくれた。
私は離陸中に、この飛行機への爆破予告があったとの連絡を受けたのだった。
それを阻止するために犯人確保に最適な理想の人を探していたの。それにしても協力してもらえて本当に良かった。世の中捨てたもんじゃないわね。
でも、まだ仕事は終わっていない。最後まで任務を遂行しなきゃね。
カーディガンを羽織って傷口を隠すと、私はすっくと立ち上がり、アナウンスをかけた。
「皆様、お疲れさまでした。当機は羽田空港へ到着いたしました」
大切なお客様が安心して空の旅を終えることができて一安心。
何事もなかったかのように笑顔で乗客を見送っていると、
「あの……僕はなぜ呼ばれたんでしょうか」
と、先ほどの美味しいお店を知っているイケメンが聞いてきた。
私は上目遣いでにっこりすると、
「一緒にご飯、行きません?」
と言って連絡先を手渡した。
(了)