第24回「小説でもどうぞ」佳作 バラ色の半生 鳥生千颯
第24回結果発表
課 題
偶然
※応募数266編
バラ色の半生
鳥生千颯
鳥生千颯
バイトから帰ると、自宅の居間にテレビの撮影クルーがいました。
何も聞いていなかったので驚きましたが、同居する祖父が街頭インタビューを受けたらしく、我が家まで彼らを連れて来て、家族の居ぬ間に勝手に家へ上げていたのです。
祖父はテレビカメラの前で、ツチノコを見つけた時の話をしていました。
新聞にも載ったという、その話。
それは、今から半世紀以上も前のこと。
祖父は故郷の山で、ツチノコに遭遇したそうです。しかし、証拠はありません。祖父はツチノコ発見を報じる新聞の切り抜きを大事に取っておいたと言うのですが、自宅が火事で全焼した際に灰となってしまったそうです。ツチノコ目撃時は一人だったので他に証人もおらず、捕獲には至らなかったので現物もなく、そのため祖父は世間から疑われました。嘘つき呼ばわりされ、辛い人生を送ってきたそうです。
なかなかドラマチックな話です。
全部ウソだけど。
東京出身、七十歳の祖父は、生まれた時からずっと、築百年のこの家で暮らしています
いつ、自宅が全焼したのでしょう。
故郷の山って、どこでしょう。
そもそも、ツチノコ。
いつ、発見されたのでしょう。
いまだ、世界的UMAのはずです。
祖父は、友人知人たちからホラ吹き大王と呼ばれています。
嘘つき呼ばわりされる辛い人生。
ホラ吹き大王は、毎日楽しく暮らしてます
今日も朝から飲み屋へ行き、ご機嫌で店から出て来たところを、たまたま周辺で取材をしていた撮影隊から声をかけられたそうです。
「やっぱり俳優さんでしたか。どこかで見た顔だと思ったんですよ」
今度は、僕が声をかけられました。
「先日、朝ドラに出てましたよね?」
リポーターの北山さんは、僕が撮影隊に振る舞ったケーキを美味しそうにほお張りながら、話しかけてきました。
「気づいて下さったんですか? セリフがひとつしかないチョイ役だったのに」
バイト先からタダで貰ってきたこのケーキ、バラ色という商品名なのですが、味も見た目も悪くないのに何故か人気がなく、よく売れ残ります。
「まるで、お前みたいだな」
バイト先の先輩から、そう言われたことがありました。
「一般人なら超イケメンだけど、芸能界ではただの人」
悔しいですが、的を射ていました。
「ここの正社員にならないかって誘われてんだろ? 役者辞めて、そうしたら? 役者だけじゃ食ってけないって言ってたじゃん」
悔しいぐらい、まっとうな意見でした。
「あの、北山さん」
「はい」
「祖父の話、まともに聞かなくていいですよ。全部ウソですから」
「え?」
「ツチノコ」
「ああ……ハハハハハ」
言われなくても分かっていると、北山さんの顔に書いてありました。
「他に、秩父連山で遭難した時、イエティに助けられたという話もあるんですよ」
「先ほど、おじいさまからお聞きしました」
「そうですか」
「助けたドラえもんに連れられてタイムマシンで未来へ行って、乙姫さまと恋に落ちたという話も」
「それもお聞きになりましたか。ご迷惑を、おかけしました」
「ユニークなおじいさまですね」
「よく言われます」
この時の映像がテレビの某人気番組で放送されると、僕の芸能人生は激変しました。
パッとしない一若手俳優に過ぎなかった僕は、祖父と共にバラエティー番組に引っ張りダコとなったのです。祖父はテレビ局へ出入りしたり有名人と記念撮影したりすることを楽しんでいましたが、僕は慣れない畑違いの現場にホラ吹き大王まで連れてですから、それはもう大変でした。
でも、おかげで俳優の仕事も増えました。
もちろん、そんな需要は一過性だと分かっていました。でも、チャンスを貰えたのです。この世界、チャンスすら手に出来ず消えて行く人がほとんどですから。
それから、十年。
貰える仕事は全部受け続けた結果、なんとか役者だけでメシが食えるようになりました。
祖父は今日も、朝から飲み屋です。
きっと酒場の友人たちに、座敷わらしだった子供時代の話でもしていることでしょう。
(了)