第24回「小説でもどうぞ」佳作 曲がり角 Y助
第24回結果発表
課 題
偶然
※応募数266編
曲がり角
Y助
Y助
例えば……。
新学期、最初の日。うっかりと朝寝坊をしてしまい、慌てて飛び起き、セーラー服に着替えるや否や、髪もとかさず、食パンをくわえ、家を飛び出したとする。
そして、通学途中の、細い道の角を曲がったところで、見知らぬ男子と、勢いよくぶつかり、尻もちをつく。痛みに耐えながら、互いの非を責め合うものの、時間のないことを思い出し、学校めざして猛ダッシュ。
なんとか、遅刻すれすれ、朝のホームルームに滑り込む。するとそこに、先ほどの男子が、転校生として入ってきて……。
なんて、そんな偶然の出会いなど、まず、あり得ない。仮にあったとしても、それは、私とは関係ない、別世界での話なのだと思う。
しかし、全くないと、いうことでもなく。
私のパパとママは、たまたま隣り合わせた電車の中で、同じ本を開いていたことがきっかとなり、恋の花を咲かせた。まさに、ラブロマンスの基本形。絵に描いたような、偶然だ。
しかし、本当のところは、全て計画されたこと。偶然ではなく、パパの策略だったのだと、ママが最近、白けた顔で教えてくれた。
本来、予期せず起こったことを、偶然と呼ぶ。しかし、綿密に計画を立てることで、予定どおりの結末へと、導くことも可能だ。
ならば、パパのように計画を立て、偶然をよそおい、素敵な恋を手に入れるのも、悪いことではないはずだ。
今年こそは、特別な思い出を作りたい。中学生最後のこの夏を、一生忘れられない、素敵なものにしたい。そう意気込んで臨んだ、夏休みだった。
しかし、見事に空振り。なにごともなく、平凡な毎日を消費して、終わってしまった。やはり私には、恋愛ドラマのような、ロマンチックな恋なんて、縁のないことなのだ。
と、そんなふうに、諦めるのが嫌だった。
私だって、燃えるような、恋をしてみたい。そのくらいの青春が、あってもいいはずだ。
だから……。ほんの少し、後ろめたさを感じながらも、一つの計画を実行した。
二学期の始まる、その日。私は、わざと朝寝坊をした。そして、大急ぎで着替えをすませると、ぼさぼさの髪のまま、用意しておいた食パンをくわえ、家を飛び出した。
全ては、計画どおり。予定していた行動だ。私は、期待を胸に、目的の場所へと急いだ。
通学途中の、細い道の曲がり角。この計画の、最大の山場となる場所だ。私はそこで、運命の人と、ぶつからなくてはならない。
しかし、相手の行動まで、操ることはできない。私の立てた計画は、ここまで。後は全て、神まかせ。運に頼るしかないのだ。
祈るような思いで、目をつぶり、全速力でその角を曲がると……。見事、誰かとぶつかり、私は、弾き飛ばされることができた。
やった。成功だ。これなら、偶然をよそおっても、不自然ではない。私はついに、ロマンスへの道を、切り開いたのだ。
痛む尻をさすりながら、そっと目を開けてみる。そこには、イケメン男子が、倒れているはずだった。そして私は、そのイケメンと、燃えるような恋に、落ちるはずだった。
しかし、倒れていたのは……。
何から何まで、私とそっくりな、でも、絶対に私ではない、もう一人の私だった。
溜め息をつき、尻をさすりながら立ち上がる、もう一人の私。事態を飲み込めぬまま、茫然と、それを見上げる本物の私。
そんな私を、もう一人の私が、冷めた視線で見下ろしながら、問いかけてきた。
「あんた、こんな恋がしたかったの?」
瞬間、その言葉は稲妻のように、私の中を走り抜けた。
私は、自分自身に、問いかけた。
本当に、こんな恋でいいのだろうか。嘘偽りで塗り固めた、ひびだらけの恋。偶然の出会いも、ロマンスのかけらもない、薄汚れた見せかけの恋。
私は、そんなもののために、計画を練り、大切な時間を、費やしてきたのだろうか。
いや、違う。私が求めていたのは、本物の恋だ。恋に苦しみ、そして悩み、少し背伸びをしてでも、捕まえたくなるような、そんな恋を、求めていたはずだ。
だとしたら……。まだ、十五歳。焦ることはない。いつの日か、本物の偶然が、求めた以上のロマンスを連れ、やってくるはずだ。
今はまだ、そのときを、じっと待っているほうが、似合っているのかもしれない。
「ほら、早く行かないと、遅刻するよ」
もう一人の私に、そうせかされた私は、なぜか少し軽くなった体で、学校めざして猛ダッシュ。
途中、ふと立ち止まり振り返ると、私ではないもう一人の私は、どこかに消えて、いなくなっていた。
(了)