第24回「小説でもどうぞ」佳作 別れても好きな・人 紅帽子
第24回結果発表
課 題
偶然
※応募数266編
別れても好きな・人
紅帽子
紅帽子
「渋谷でたまたま会っただなんて。ははは、そんないい訳、信用できるわけない。あの交差点で知りあいが出会える確率なんて、巨大隕石が地球に衝突するくらいの確率しかない。君はあの男と示し合わせて会ったのだ」
パートナーは冷静に、だが激しく私を
たしかに私は逢った、昔の人と。それはほんとに偶然だった。あの時、降り始めた雨のしずくに目を遣り、顔を正面に向け直したその時に、たまたま彼が向こうから歩いてきたのだった。もし、雨のしずくに気をとられていたなら、もし、顔を向け直す時間がずれていたなら、スクランブル交差点で向こうからやってくる彼に気づくことはなかったはず。
あ、とお互いに目と目が合った瞬間、私は交差点で彼の進む方向にくるりと転換した。
彼は相変わらず
元気? どうしてたの? 今は? 何やってるの? 久しぶりに逢った者どうしが交わす言葉のやりとり。
私たちはふたりで原宿の方向へ歩いて行った。雨が降るのに傘もささずに歩く、昔流行したというデュエットソングそのままね。
こんなところを見られるとまずいんじゃないか、と彼は心配した。たしかに、そうだ。
僕はあれからこの町を逃れてずいぶん遠くまで行った。いろんな村人に助けられてね。君はどうなの、新しいパートナーとはうまくいってるのかい?
聞かないで。あなたと一緒になるのが無理だとわかったから今のパートナーといるだけ。そんなのはあなたもわかっているはず。
すまない、僕が昔のままの自分にこだわり続けたから君に愛想をつかされて。僕があの時変わることができていたなら。君と……。
私たちがそぼ降る雨に濡れながら原宿を通って赤坂に向かい始めた時だった。道路では検問が、歩道では職務質問が行われていた。このまま進むとまずいことになる。
その時だった。彼がいきなり歌い始めた。「わーかれてもー、すきなひとー」
この国ではアルコールは御法度だ。大声で歌ったり、叫んだりすることも厳禁なのだ。
すぐに警察官が複数で押し寄せた。
彼は酔ったふりをして、なんの権利があって拘束する? 基本的人権は守られていないのか、俺は人間だ、捕まえてみろ、などとあからさまに昔の時代の抵抗の台詞を叫んだ。
何人もの警官がホイッスルを鳴らして私たちを取り囲んだ。
パトカーの一台に私が、別の一台に彼が乗せられた。
私は尋問所で決まり切った質問をされた。
「あの男とは知り合いなのですか」
「いいえ」
「あなたはあの男に脅されていたのですね」
「はい」
「帰ってけっこうです。今後、あんな人間に捕まらないよう行動に気をつけるんですね」
「すみませんでした」
簡単な尋問だけで家に帰されたが、パートナーからの激しい追及が待っていた。
「君はあいつと示し合わせて会ったにちがいない」
「違うわ、たまたま逢っただけよ」
「さっきも言ったがそんな偶然があるわけないだろ。データを調べればすぐにわかるさ」
パートナーは部屋一面の巨大なコンピューターを慣れた手つきで操作した。私の情報が映し出される。
血流速度、脳波、酵素濃度、ホルモン分泌、それらがデジタルで数値化され、私が反逆していることが結論づけられた。
「君は昔のしきたりから逃れられないのか」
平静だが冷酷な声に私は反論できない。
「残念だが、君はこの町で我々と暮らすことはできない。出て行きたまえ」
私はパートナーのように完全なAIになりきれない。人間に戻されてしまう。
なんの不安も心労も苦悩もなく生きられるAI。行きたい期間だけ生きて、おさらばしたいときに何の苦痛もなく死んでいけるAI。二十二世紀の地球は人類のAI化がどんどん進み、すべての国の政府はAIが操るようになった。数少ない人間は窶れた顔で片隅の村に追いやられ細々と生きている。AIが人とつきあうことは許されなかった。
パートナーはコンピューターに命じ、私のAIとしての情報を全て抜き取らせた。その瞬間、不安がどっと押し寄せた。明日のことや
あ、雨がまた降ってきた。私が顔を上げたその時だった。顔色の悪い昔のままの彼が立っている。偶然なんかじゃない。
「別れても好きな・人」
不安と悩みを抱えて面倒臭いことを片付けながら生きる。私は彼と寄り添って華やかなAIの町から人の村へと落ち延びていった。
(了)