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第24回「小説でもどうぞ」佳作 悪い偶然 白浜郁

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作文・エッセイ
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結果発表
第24回結果発表
課 題

偶然

※応募数266編
悪い偶然 
白浜郁

 誰にも見られていないよな。いや、いるはずがない。だって可能性はあらかじめ排除しておいたんだから。猪坂のやつは今頃呑気に女と寝ているはずだ。俺の策略だとも知らずにな。兎田の野郎はもう牢屋の中だから問題ない。海老塚は家族を人質にしたから今更裏切れるはずがない。警察がこの時間見回りに来ないことは有能な部下の調べであらかじめわかっていた。そして情報が漏れていない限り、警察も決して動かない。俺には情報は絶対に漏れていないという確信があった。そう思えるだけの準備はし尽くしていたのだ。万が一、情報が漏れるにしてもそれはもう少し後だ。このタイミングでは絶対に漏れようがない。つまりたまたま、全くの偶然に一般人が紛れ込みでもしない限り、この現場を誰かに見られるということはあり得ない。そしてこんな時間こんな場所に一般人がふらっと立ち寄る確率など、サイコロを十回振って十回とも一が出るようなものだろう。今日この日に狙いを定めてそんな偶然があるはずがない。だから、さっきから俺がなんとはなしに感じている視線は必然的に気のせいということになる。
 念のため後ろを振り向いて辺りを見回してみたが誰の姿も見当たらない。やはり気のせいだったのだ。それでも念には念を入れた方がいいことに違いはない。俺はできるだけ慎重な足取りで金庫に向かって歩を進める。絶対に音を立てない。そう意気込み過ぎて力が入ったのか、セラミックタイルのツルツルした床に硬い革靴が当たって「コツ」と小さな音を立ててしまった。心臓が飛び出しそうになるのをなんとか堪え、一度立ち止まって体勢を整えた。大丈夫だ。そもそもここには自分以外の人はいないのだから、いくら物音を立てたところでなんの影響もない。さっきから感じている纏わりつくような視線は、俺の恐怖心が見せる幻影に過ぎない。
 しかし俺は恐れていた。金庫の中身は絶対に知られるわけにはいかない。中身を知っているのはこの世で俺ただ一人だけであり、今後もそうでなければならなかった。それは約束された運命なのだ。俺は宿敵どもの視線から金庫を守る努力を十年以上に渡り続けてきた。文字通り人生を賭けてきた。それをこの土壇場になって悪い偶然程度のことでご破産にしていいわけがない。一万歩譲って俺が宿敵と呼んだ人間どもに邪魔立てされるのならまだ解る。ここまで奴らを封じ込めるための準備をし尽くして、それでもなおダメというのならそれが俺の運命だったのだと苦々しく納得もできる。俺がもっとも恐れているのは全くの部外者による悪い偶然の方だ。俺の周到な運命がただの偶然なんかによって壊されてしまう。そんな不条理だけはなにがあっても看過できないことだった。
 サイコロで十回ともゾロ目の一が出るようなものだ。俺は声に出さずに呟いた。そうすることで自分を安心させようとしたのだった。試しに頭の中でサイコロを振ってみたところ四が出た。もう一度振ると一が出た。続けて振ってみると三、一、四、六、六、三、二、一と出た。俺は安心して金庫の方へまたそろりそろりと歩を進めた。しかしすぐに先ほどの想像が裏目に出たことに気付き足を止めた。考えてみれば四、一、三、一、四、六、六、三、二、一が出る確率と一、一、一、一、一、一、一、一、一、一が出る確率は寸分違わず同じなのだ。つまりさっき脳内のサイコロが全くの偶然で四、一、三、一、四、六、六、三、二、一を出したのと同じように一、一、一、一、一、一、一、一、一、一が出たってなにもおかしいことはないじゃないか。それに気づいたとき、頭の中の十個のサイコロがひっくり返ってすべての目が一になった。俺はおそるおそる背後を振り返った。
(了)