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第24回「小説でもどうぞ」選外佳作 二択 嘉島ふみ市

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第24回結果発表
課 題

偶然

※応募数266編
選外佳作 
二択 嘉島ふみ市

 もう限界。別れたい。
 結婚して五年。二人でいるということが、苦痛になったのはいつからだろう。
 寝っ転がってテレビを見ている真司の後ろ姿に、下っ腹の底からため息が溢れて漏れる。
 具体的に何がどうというわけではない。人が人を好きになるのに理由がないのと同様、人が人を嫌いになるのにも理由はなかった。
 ただ問題なのは、限界に来ているのは、たぶん私だけということ。真司は特に何も変わらず、何なら毎日楽しそうに過ごしている。私の気持ちを知ることもなく。
 そんな真司に別れを切り出すタイミングを中々見つけられず、先日、会社の同僚の玲香に相談してみたことを思い出した。
 玲香とのやり取りが、頭の中で再生される。
 ランチ終わりのコーヒーを飲みながら、玲香は、ばっさりと切り捨ててきた。
「そんなに嫌だったら、さっさと別れちゃえば」
「まあ、そうなんだけどね。別れたいのは私だけで、完全に一方的だからさ。何か言い出しにくくって」
「真司君は、別れたいと思ってないわけだ」
「うん。たぶん、そんなこと微塵も思ってないし、私が別れたがっていることも知らないよ」
 真司と玲香と私は同期入社だ。私たちのことはよく知っている。相談するのに、うってつけの人選だった。
 私はコーヒーを口にしながら顔をしかめた。
「んー。別れ話を切り出す、分かりやすいきっかけとかあればいいんだけどね」
「分かりやすいきっかけねえ」
 玲香は一旦間を置き、大きな目をくるっと回して考え、話し出した。
「じゃあさ、美春が別れたいと思った瞬間に、何でもいいから二択の問題を出して、真司君が外れを選んだら、即別れを切り出すっていうのはどう」
「二択?」
 ピンと来ていない私に、玲香は揚々と続けた。
「真司君が二択の外れを選んだら、神様が、あんたらに別れろって言ってるって思えばいいじゃん」
「何か遠回り過ぎない」
「まあ、ただのきっかけ作りだから。偶然の力でも借りた方が言いやすいでしょ」
 確かに、もう別れることは決めてるんだし、きっかけなんて偶然もひっくるめたその程度でいいのかもしれないなと、その時は、すっとではないけど腑には落ちた。
 玲香の言葉を思い出し、私は寝っ転がってテレビを見ている真司に二択を出してみた。
「真司。夕御飯はハンバーグとカレーどっちがいい?」
 今、冷蔵庫にカレーの材料はない。カレーと言われたら、もうその瞬間別れを切り出す。あっけないけど、そんなもんなのかなと、息を詰めて真司の返答を待った。
「俺、ハンバーグがいいな」
 真司の答えに力が抜ける。神様は、まだ別れるタイミングじゃないとでも言っているのかな。私は、夕飯のハンバーグを作り出した。
 夕飯が出来上がり二人で食卓を挟む。何気ない会話の中に、もう一回二択を入れてみた。
「今度の休み、海と山どっち行く?」
 今、私は海の気分じゃない。海を選んだら即、別れ話だ。
「山かな」
 また正解。まあ離婚するのがほんのちょっと延びただけだけど。私はすぐに次の二択を考えていた。

 もう限界。別れたい。
 結婚して五十年。二人でいるということが、苦痛になったのはいつからだっただろう。
 私は真司に聞いた。
「お茶とコーヒー、どっちがいい?」
 今、コーヒーはない。コーヒーと言ったら即、別れ話だ。
 真司は事もなげに答えた。
「お茶がいいな」
(了)